探偵は警察に名が売れる

 アタシと桜花おうかは即日1日署長をやることになった。なんのことはない。今日予定していた本物の1日署長を務めるアイドルユニットが強風で飛行機が飛ばずに来られなくなったのだ。

 アイドルの代わり、というシチュエーションになんだか桜花もアタシもワクワクしてきた。


 そして、王子様も。


「まずは街頭で交通安全運動のPR握手会。それからグループホームで老人に慰問劇を披露」


 まあ、地味だけれどもそういう地道な営業が認知の第一歩だよね。

 ってアタシはなんの認知をしてもらおうとしてるんだろう。


 握手会、ってまるでほんとにアイドルだよね。桜花の人気がすごいし。


「あ、こらっ! 男はダメ!」

「な! そんないやらしい気持ちじゃないよ!」

「ダメ!」


 そうだよ。桜花に悪い虫でもついたらどうするのさ・・・ああ、ダメな姉だな、アタシは。


「お、王子ちゃ〜ん!」


 あれ? 加納さんが王子様を呼ぶ時の表現が『ちゃーん』から『ちゃ〜ん』に変わってる。もしかして

 何か焦ってる?


「王子ちゃ〜ん!」

「どうしたの、加納さん」

「スミザリーンが逃げた」


 武器は持っていなかったみたいだから万が一のことはないと思うんだけど王子様はかなり本気で危ぶんでる。


「緋糸クン、桜花クン。スミザリーン・ファミリーはね、普段は普通のマフィアと大して大代わりしない怖さだけどね、市街地で民間人が相手の事案では残忍さを発揮するのよ。つまり、公平なのよ」

「公平?」

「そう。プロのマフィア同士での戦闘だけでなくってね、民間人を巻き込んだ時も躊躇なく行動する残忍さなのよ。分け隔てがないのよ」


 公平っていうことの意味がガラガラ崩れてくんだけど。


 スミザリーンは事情聴取室から余りにもあっさりと逃げ出して今はのびのびと活動の計画を練っているはずだ。もしマフィアという名が嘘ではないのなら、真っ先にアタシたちへの報復を考えると思うんだけど。それともお金にならない報復なんかに時間を割いたりしないかな。


「とにかく今はイベントを続けてね」


 だんだんと夕方が近づいて気温が下がってくると、桜花が、ぶるん、と肩を震わせた。


「お姉ちゃん、寒いよ」

「そっか。ごめんごめん。これ着な」


 アタシはデイパックの中からクリーム色のカーディガンを取り出してヒーリンのコスプレの上からぶかっ、と羽織らせてやった。アタシのやつだから丈が桜花のひざ上ぐらいまでかぶさる。


「So〜cute!」


 やや気持ちの悪いカワイイフリした声が聞こえたので振り返るとスミザリーンの4人が、やっぱりさっきのコスプレのままで立っていた。加納さんが号令をかける。


「総員、捕獲!」


 どうやらこの案件の現場での指揮権を持っているのは加納さんのようだ。手際よく部隊のフォーメーションを組んで4人を包囲しにかかった。


「フハハ! ムダムダ!」


 4人はシュルン、と自分たちのベルトを引き抜く。パンツがずるっと下がりそうになるのをほったらかしにして戦闘重視で行動する・・・って別にカッコ良くもなんともないけど攻撃の合理性はあった。


「うわああっ!」


 そのベルトはスライムのような質感の材質で伸縮自在だった。4人が鞭のように振るうと細長いベルトが更に幅を細めてギュルん、と伸び、警官たちの特殊警棒を次々と弾き飛ばしていった。


「銃は使うな!」


 腰に手をやろうとした若手を怒鳴りつけると加納さんは自ら拡声器を手にする。


「Go home!」


 言いたいことは分かるけど意味の合わない英語を投げつけた後、加納さんはたった一人で素手で4人に突進した。


「ふ。痛みさえ堪えればこんなオモチャみたいな武器など!」


 加納さんは伸びて来たベルトを拳にギュルん、と巻きつけて握った。捕った! と大声を上げたけど次の瞬間。


「ひえっ!」


 宙を飛んだ。

 本当に。


「ひいいいいぃぃ!」


 ベルトが伸びた分の収縮のエネルギーが倍増する材質のようだ。4人のう内のスキンヘッドは自分の位置をコンパスの軸のように固定したまま、ベルトの伸び縮みの力と遠心力を巧みに操作し、加納さんを遊園地の空飛ぶ象のアトラクションみたいにぐるぐると上空で回転させる。


「桜花っ!」

「うん! お姉ちゃん!」


 アタシは後ろ手で桜花の両手を握り、反動でアタシの赤いレザーパンツの股下から桜花を、ブン!、とくぐらせた。


「行けっ!」


 シューズの踵に仕込まれたウィールに体重を乗せてローラーで滑る桜花。スキンヘッドの足元に猛スピードで滑り込む。


「えいっ!」


 まるでフィギュアスケーターのような華麗なローラー・スケーティングで黒いレザーのミニスカを開脚させ、地面スレスレでスキンヘッドの足を掬った。


「Outch!」


 スキンヘッドの回転軸が崩れ、加納さんは更に宙高く放り上げられて一瞬静止し、重力が優った地点から加速して落ちてきた。


「ヘイ!」


 王子様が加納さんの落下地点へ滑り込み、ガシッ、とお姫様抱っこで受け止めた。


「王子ちゃ〜ん」

「ふふ。また貸しがひとつできたわね」


 スミザリーン・ファミリーは確かに攻撃の手を止めないけど、致命となるような武器やら方法は使わない・・・でも加納さん、落ちたら死んでたかな?


「大丈夫よ、緋糸ひいとクン。加納さんは殺しても死なないから」

「王子ちゃ〜ん!」


 まあつまりスミザリーン・ファミリーは警察に怪我を負わせる程度での手加減を今日はしてるらしい。王子様の話だとアメリカじゃ情け容赦ないみたいだから。


「フィニッシュダ!」


 パンク・ヘアが叫んだ時、別の鬨の声が周囲から上がったんだ。


「わああああああーっ!」


 メイド、セーラー服、ミリタリー、巫女、執事、怪獣、出前の蕎麦屋、魔法使い、場末のカフェスタッフ、地下アイドル風、タキシード、バンド・・・


 どうやらアウトレットのコスプレショップだけじゃなく、街中のアニメショップやコスプレショップのコスプレイヤーたちと、それから多分本業の制服組とが入り交じってなだれ込んできたようなのだ。


「ふっ。これもスミザリーン・ファミリーの常套手段よ。事前に偽のコスプレ・イベント情報をSNSで拡散して、群衆に乗じて離脱するのよ」


 王子様の解説を聞くとスミザリーンは残忍な分合理的でしたたかなんだろうとは思うけど、この光景を見たらやっぱりアタシには冗談としか受け取れない。


 もはや警官たちもどれがコスプレでどれが本物なのか分からない。


「ねえ、王子様」

「なあに、緋糸クン」

「結局スミザリーン・ファミリーは日本に何しに来たの?」

「決まってるわ! 『ビジネス探偵』のプレミアムブルーレイBOXを買うためよ!」


 そんなんでもマフィアって呼ぶの?

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