探偵は殴られることも織り込む

 大胆にもこいつらがいじめをやってる現場は駅前ロータリーの死角。

 人々の喧騒をよそに、リンチが行われている真っ最中だった。


「なあ、うんこ。退学して俺らがニートになったんだけど」


 ボッ。


「おい、ゲロ。『給与保障』してくれんのか?」


 ドゥ。


「おいこら水虫。生命保険かけてオマエが死んで、保険金で俺らに詫びろよ」


 ビ。


 三都サントくんは正座してる。

 正座して、顔と、腹と、尾てい骨に打撃と蹴りを入れられている。


桜花おうか、見ないであげて」

「なんで?」

「三都くんは、男の子だから」


 説明になってないとは思ったけど、見ないで済むものなら見たくないし桜花が見てどんな影響を受けるのか、分からなかった。


 でも、思いがけない声が王子様からアタシたちに掛けられた。


「一部始終見てあげて! 見届けるのよ!」


 王子様・・・


「遅かれ早かれなのよ! 桜花クン、見るのよ! アナタがこれから進んでいくこの世の実態を! そして、正義を胸に宿すのよ!」


 4人の元高校生どもの最後の1人が狂ったような声を上げてあざ笑う。


「なぁぁぁあにが正義だよ! ボケが! この下痢便野郎の漫画なんて色ボケのエロ漫画じゃねえか!」

「エ、エロじゃない!」


 三都くんが正座から片膝で立ち上がろうとする。


「僕の漫画は、真剣なんだ!」

「ただの中二病じゃねえか!」


 ゴ。


 上げようとした頭を、そいつのラバーソールで踏み潰された。


 額を地面に突っ伏して土下座のような態勢になる三都くん。


 泣いてる。


 ううん、三都くんは体の痛みで泣くような子じゃない。

 悔しいのだ。


 こんな奴らに大切な漫画を、創作物を揶揄されたことが、耐えきれないぐらいに悔しいんだ。


「王子様! なんで助けないの! 三都くんが死んじゃう!」

「死なないわよ!」


 あたしのコールにコンマ1秒と間をおかずに王子様はレスポンスした。


「彼を殺せるのは彼だけ。でも彼は漫画を描き続けるわ! だから死なない!こんなクソどもの誹謗なんて鼻クソよ!」

「ちょちょちょ。気持ちわりーおっさん。オカマか?」


 4人のゲラ笑いをものともせずに王子様は逆に質問し返した。


「ねえ。アナタたちが一番屈辱的なやられ方ってなに?」

「ぷはは。そうだなー。そこに来たちょっとだけカワイイ高校生? 中学生? の女の子にボコボコにされることかな」

「もっと屈辱的なのは?」

「は。その幼稚園児のガキに半殺しにされることだろ」


 にやあ、と王子様は笑う。


「じゃあ、両方叶うわね」


 アタシはもうスイッチが入ってる。

 王子様と4人のやりとりの間に全力疾走で向かってた。


「えっ」


 ドシュ。


 1人目をトゥーキックで内臓破裂しない程度に加減して悶絶させる。


「おいおいおい!」


 パシュ。


 生ぬるい右ストレートを打ち込んできた2人目にカウンターで鋭利な手刀をくれてやって、大動脈を避けて首筋から出血させる。


「あああああああ」


 3人目が怯えている。

 アタシが出るまでもないという感じで王子様が引き受けてくれた。


「じゃあ、オカマの蹴りも屈辱よね」


 王子様は長身と足の長さを存分に活かして3人目に脳天かかと落としを決める。


 ロンドンブーツで。


「ぐえええええ!」


 ロンドンブーツが3人目の頭頂部にヒットし、王子様はそのまま踏み潰してそいつを土下座させた。


「うえええええ、ひぃぃぃぃぃぃ!」


 4人目はもはや正気を失っている。

 だって、たった5歳の桜花に向かって金属バットを持って突進してくるんだから。


「桜花。できる?」

「うん。もちろん!」


 4人目が金属バットを振り下ろした!


「てっ」

「わわっ!」


 桜花がまるで消えたかと思うような高速のバックステップで避ける。

 そいつが力任せに振り下ろした金属バットはアスファルトをガキん、と削ってその衝撃をまともに手の痺れとして受け止めている。


「クソクソクソ!」


 2撃目。


 またも桜花は高速のバックステップ。

 のみならず、


「クイック・ターン!」


 後方へ飛び退いたその着地点から、真横に、


「えいっ!」


 桜花が、跳んだ!


「うわあああああああ!」


 桜花がサイドステップを放った後、そいつが見たのは目の前に現れたロータリーの噴水。


 ジャボっ!


 水に落ちる音でようやく通行人が平日の夕方に堂々と繰り広げられてた『死闘』に気づく。


 まあ、死ぬ思いをしたのはそいつらだけどね。


「離脱っ!」


 お姫様の容姿ルックスをした王子様が三都くんをお姫様抱っこして、ロンドンブーツをガコガコ言わせて走り去る。

 アタシと桜花もママチャリに乗り込んで全速力でその場を後にしたんだ。


「ありが・・・とう・・・みんな」

「喋らないで。わたしの知り合いの医者に連れてくから」


 王子様は三都くんを抱いたまま自転車と同じスピードで走って病院へ向かう。


「三都くん、勝ったね」

「か、勝った? この僕が?」

「うんうん。三都お兄ちゃん、カッコよかったよ!」


 アタシと桜花がそう言っても三都くんはなんだか納得しないような顔のままだったけど。


 それから王子様はこう言った。


「追加費用はサービスしとくから」

「でも」

「その代わり」


 にこっ、と王子様はお姫様の笑顔で三都くんに笑いかける。


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