探偵はプレグナントを一発で見破る

 王子様はとても不思議なセリフを吐いたよ。


「わたしは両親が人生に疲れ果てて自暴自棄になってた時におばあちゃんがね、一言こうつぶやいたのよ。『アンタら、もうじき子供が生まれるよ』って。そうじゃなかったらわたしの両親は心中でもしてわたしの未来もろとも消え果てたかもしれない」


 わたしが反応を躊躇してると桜花おうかが言ったよ。


「じゃあ、おばあちゃんが王子様の命の恩人なんだね!」

「そうよ、桜花クン」


 王子様はにっこり笑う。


「そのおばあちゃんの血をわたしは引いてる。わたしは赤ちゃんが生まれるだろう女の子の体から温かなオレンジ色の光が発せられるのが見えるのよ。もっともわたしは『早期の妊娠』を見分けられるだけの力しかないけどね」

「? おばあちゃんは、もっとなの?」

「そうよ、緋糸ひいとクン。おばあちゃんはね、妊娠する前からこの夫婦は子供を授かる、っていうことがわかったのよ。でもね、わたしは今にして思えばそれだけじゃないって思ってる」

「どういうこと?」

「緋糸クン、桜花クン。お嬢ちゃん方が信じるかどうか分からないけどね、おばあちゃんは子供を授ける能力を持っていた。赤ちゃんの生をこの世にもたらす能力をね」

「おばあちゃんて、何者だったの?」

「おばあちゃんはおばあちゃんよ。でも、人によっては神とか仏とか言ってたみたいね。昔の、そういう世界を信じるお年寄りたちの間での話だけどね」


 アタシはとても厳かな気分になったんだ。


 アタシは中学を卒業保留中。

 荒れてたわけじゃないよ。

 むしろ周囲が荒れてた。

 荒れてた中で、アタシ一人が冷静だったとすら思ってるよ。


 アタシは常に中立の位置にいた。

 いじめるわけでもいじめられるわけでもなく、永世中立国のようなポジションを幼稚園・小学校・中学3年の受験が終わる時まで続けてた。


 県で2番目の難関高校の合格発表があってわたしが春からその高校に通うことが決まった頃、教室の中で一人の男の子が窮地に立たされた。


「オマエ、今日から奴隷ね」


 クラスの中の暴力を取り仕切る、半グレのOBたちと繋がってる男子どもが軒並み第一志望の高校を落ちたその腹いせに、クラスで一番成績の良かった男の子が目をつけられた。

 単に県で1番の難関校にウチの中学からただ1人合格したっていうそれだけで。


 見るに耐えない、と一言で言えば字面だけなんだけど、それは地獄絵図としか呼べないようなものだったんだよね。


 後頭部はたき、延髄斬り、2階から落とす、耳の穴に鼻くそをシャーペンで詰め込む、肛門にキックしてつま先をめり込ませる、コーク・スクリュー・パンチと言ってほおを青あざができるまで拳でグリグリとえぐる、ばい菌と言われていじめられている女の子とキスさせる、肋骨に力任せにパンチして骨にヒビを入れる、泣いたら「オマエは情けない奴だ」と完膚なきまでにプライドを叩き潰す・・・


 それでもアタシは永世中立国だった。揺るぎなく。

 でも、その一瞬でスイッチが入ってしまった。


「自己責任だよな、オマエがいじめられるのはよ!」

「生まれたオマエがわりーんだよ!」


 本当にアタシの脳内血管が切れたのかと思った。


 生まれたオマエが悪いだと?


「ねえ」


 アタシはほんとに手を出すつもりなんてなかった。


 でも、アタシの右拳の、まさにナックルの部分が、そいつの顎の先端を正確にヒットした。


 ドスリ、と顎から教室の床に崩れ落ちる。


「おい! 俺らのバックには××組がついてんだぞ!」


 次の輩が訳の分からない子供みたいなセリフを吐いた。

 これがさらにアタシの暴力をブーストさせる。


「だから?」


 今度は足が動いた。

 二番目の奴の蹴りを避け、それにクロスでかぶせるようにわたしの膝から先のふくらはぎと足首を鞭のようにしならせて股間を蹴った。


「おううっ!」


 海驢みたいな認識不能な異音を挙げて悶絶する。


 残りの奴らも口ほどにもなかった。


 意味不明の断末魔のような声を出してはわたしの拳と蹴りとでバタバタと崩れ落ちていった。


 気が付くとわたしの目の前に腐った男が6人、ぐったりとなって倒れていた。


 そしてわたしは高校の合格を取り消され、停学・卒業保留となった。


 仲の良かった子たちもわたしの豹変に、緋糸ひいとっていう柔らかなひらがなじゃなくって、『ヒート』ってカタカナ読みして恐れ慄いてた。


 でもそんなことどうでもいいぐらいに痛恨だったのは、いじめに遭った男の子が、結局は13階のマンションから飛び降りて自殺してしまったことだよ。

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