ギタリストを探す探偵社社長

「でも王子様。マスターはどうして横浜だって分かったの?」

「あら。それは彼の商売上のトップシークレットだから訊いちゃダメよ」

「そっか」

「でも、わたしの推理なら聞かせてあげるわよ」


 ハギレ屋さんでインターネットにも乗らない横浜じゅうのライブハウス地図を買い取った王子様は歩きながら解説してくれた。


「マスターの店は稀少なコーヒー豆も取り扱ってる。仕入れルートは全国規模よ。自分の店で淹れたり販売するだけじゃなくて近隣の同業者からも仕入れを頼まれることがあるわ」

「わ。すごいんだ」

「すごいんだ」


 アタシのセリフをオウム返しする桜花おうかがかわいい。


「ロックにはコーヒーが似合う・・・まあ、ミルクももちろん似合うんだけど、小規模なライブハウスだとオーナーがこだわりのカフェも併設してるのよ。そしてわたしたちが探してるのは失踪したギタリスト。しかもメジャーデビュー直前で」

「うんうん」

「うん、うん」

「となると、バンバンSNSにアップされるような人気店ではすぐに顔が晒される。けれども彼女はギターを捨てられない。だとしたらものすごく小さな、どちらかというとカフェがメインで週何回かだけカフェのお客さん向けにライブをやるって感じの店に絞られるわ」

「なるへそ」

「なる・・・ヘソ?」

「こら、緋糸クン。妹をからかっちゃダメでしょ」


 それから王子様は更に緻密に推理を進めた。


「そうなるとライブハウススタッフとしてじゃなくてカフェのスタッフとして就職しないとそこには居られない。更に言うとそういう形態で店を運営してるオーナーは自らがアマチュアのバンドマンなのよ」

「ふむう」

「ふむー」

「そして失踪したのが3年前。音楽を愛する彼女なら一月としてギターを手放すことができないはず。だからそのタイミングでスタッフを雇ったこういう形態のカフェ兼ライブスポットのデータを集める。ありがちなシチュに見えてこの条件を全部揃える店とスタッフなんて極端に限られるわ。こういう情報をマスターは豆の仕入れルートのブローカーや販売員のデータベースを使って割り出したはずよ。数箇所候補に上がる街があったとしてどうして横浜に絞り込まれたのかはブラック・ボックスだけど、多分こうだろうというのがわたしの推理」

「す、すごいね王子様。でも王子様自身がそんなに推理できるんなら別にマスターに訊かなくても良かったんじゃ?」

「ちっ、ちっ、ちっ。『推理』じゃダメなのよ、緋糸クン」


 え。推理じゃダメってなに?

 だって、探偵なのに!?


「い、意味がわかんないよ、推理じゃダメなんて」

「推理じゃダメなのよ。『事実』か、あるいは限りなく事実に近い『確率』のモノじゃないと」

「なんで」

「事業だから」


 王子様は自分が『社長』であることを強調した。


「ウチが零細探偵社とはいいながらも社員に給与を支払う義務をわたしは負ってるわ。だとしたら推測やら推理の部分を極力減らしていく経営をしないといけない」

「け、経営?」

「ケイエイ?」

「そうよ、桜花クン。5歳のうちから覚えときなさい。この世にタダのモノは1つもないってことを。いい? ドラマーの彼へウチから提示した調査報酬の見積もりは概算20万円。1案件の単独収支としたらお嬢さん方の県外出張割増賃金を含めて最大でも15万円に抑えないとペイしないわ。だから、わたしは自分の推理に頼るんじゃなくって、マスターの限りなく事実に近いデータを採用した。1万5千円なんて安いわ」


 うわっ!

 そして桜花も、うわっ! の質問をする。


「でも王子様。それならわたしたちを『けんがいしゅっちょう』に連れて来ない方がお金が節約できたんじゃないの?」


 こ、これが幼稚園年中さんの質問?

 これはこれである意味教育上よろしくないような・・・


「桜花クン、鋭い指摘よ。でもね、お嬢さん方を連れてきたことには合理的な理由があるのよ」

「なに?」

「お嬢さん方が正真正銘15歳と5歳の女の子、ってことよ」


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