探偵にはブルースが似合う

「王子様、いらっしゃい!」


 トレーラーの中で出迎えてくれたのは楽器を手にした女の子たちだった。


「やあみんな、久しぶりね。ツアー、順調みたいね」

「お陰様で。でもデビュー半年でいきなり全国ツアーなんて嬉し過ぎて」

「ガールズバンドじゃなくって『ロックバンド』を貫いてるからよ、ROCHAIKA-sexは。でもバンじゃなくてトレーラーで移動なんてゴージャスね」

「王子様、これ見て」


 アンプにつながずにギターの弦をはじいていた女の子が親指で背後を指し示すと小さなコンテナが積み重ねられてた。


「これは機材じゃなくて、通販商品。要はウチらが商品流通用のトレーラーに便乗させてもらって広告料払ってバンド・ツアーのロゴをラッピングしてもらってる、って商売の仕組みよ」

「あら、そう」


 新進気鋭の全員女子のロックバンド。

 王子様はグラムロック・ファッションに身を包んでいるだけあってこういう音楽業界への顔が利く探偵ということなの?


「ロック、何か弾いてよ」

「じゃあ・・・ウィルコ・ジョンソンなんてどう?」

「いいね!」


『ロック』と名前を呼ばれたギターの子がアーティスト名を告げるとメンバーたちがアンプラグドでジャムり始めた。


 ♫ ああ、なんだろう。ブルース、って言うのかな。アタシはクラスのみんなが聴いてるようなのはちょっと性に合わなかったけど、これはなんかココロが落ち着く。にしてもヴォーカルの子の迫力がすごい。


「そろそろ横浜だ。じゃあね、みんな」

「うん、またライブ、観に来て」


 王子様がバンドに別れを告げてサイドミラー越しに運転席に合図すると、クン、と減速するのがわかった。アタシは思わず訊いたよ。


「王子様、まさか」

「そうよ。探偵だもの」


 グバッ、とハッチが開きスロープが降りる。


「じゃあね、緋糸ひいとちゃん、桜花おうかちゃん。ロックしなよ!」


 バンドのお姉さんたちがベスパを押して後輪がスロープに乗った。


「わわわ」

「ふふふ」


 スルスルってジェットコースターが落ちる前にスイッチバックするような感覚でアスファルトに、トン、と後輪が、それから前輪が接地する。

 そして王子様は右車線に変更して、ほんとにジェットコースターみたいな加速をこのベスパのサイドカーで実現しちゃったんだよね。


「わーーー!」

「ヤッホー!」


 ・・・・・・・・・・・・


 横浜に着いたら肉まんでお昼を済ませたアタシたちはそのまま中華街の裏路地にあるハギレ屋さんに入った。


「おばちゃん、こんちはー」

「よう、王子。マスターから話は聞いてるよ。で、その子らは?」

「わたしの助手。優秀よ」

「そうかい。嬢ちゃんたち、王子はこれでアブない男だからね」

「はい、知ってます」


 多分『アブない』の意味はおばちゃんとズレてるとは思うけど。

 このハギレ屋さんも王子様の情報ネットワークのひとつみたい。


「緋糸ちゃん、だっけ? ついでにハギレ1枚買わないかい?」


 おばちゃんに訊かれたのでさっきのコーヒーを思い出して訊き返した。


「1枚10万円ぐらい?」

「何言ってんだい、この子は」


 王子様は苦笑してるし。


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