探偵はコーヒーかミルクか?

「いらっしゃい」

「マスター。この大人ぽい麗しきお嬢さんにはコーヒーを。こちらの成長著しい可愛きお嬢さんには・・・」

「わたしもコーヒー! わたしだって大人ぽいもん!」

「ダメよ、桜花おうか


 アタシが姉として歯止めをかける。


「ミルクにしとこ?」

「だって・・・お姉ちゃんばっかり。わたしだって探偵助手なのに」

「マスター。わたしもミルクを」


 あ。

 王子様はやっぱり王子様だ!


「王子様、いいの? ミルクで?」

「桜花クン。相手の心に寄り添うのが大人なのよ」

「じゃあ、わたしもミルク!」


 うわっ、なにこれ、カッコいい!

 と思ったら王子様は余計なことを言った。


「伝説的なSFにはドラッグ入りのミルクなんてのが出てくるしね」


 やめとくれよ。


 3人してカウンターに並んでコーヒーとミルクのカップを傾ける。王子様は意外なことにたっぷりと角砂糖を入れていた。


「マスター。ギタリストの女の子を探してるんだけどね」

「ああ。横浜にいるよ」

「そう。ありがと」


 ・・・え?


「ちょ、ちょっと! 王子様!」

「何かな、緋糸クン」

「な、なにそれ、安直すぎない?」

「緋糸クン、今キミが飲んでいるコーヒーは一杯5千円よ」

「え!?」


 どうゆうこと?

 もしかして特別な豆を使ってるとか?

 それともこのマスターがコーヒーマイスターのような伝説的な人物だとか?


「ふふふふ。緋糸クン、何か思考の方向が違うようね。情報料よ」

「情報料?」


 アタシはぽかん、として肩まで伸ばした白髪と、ちょび髭も白いマスターを見つめる。マスターが王子様に替わって話してくれた。


「誰にでも、ってわけじゃないから。プリンスにだから話すのさ」

「ぷ、プリンス・・・」

「王子様だからプリンスであってるでしょう? お客様」


 店を出てベスパにまたがりながら王子様が号令した。


「さあ、横浜よ!」

「で、でも・・・こんな探偵なら推理なんて要らないんじゃ・・・」

「あら。緋糸クン、見くびらないで。わたしほどになるとね、ほんとに核心の推理しかしないのよ。前捌きはアウトソーシングに限るわよ」


 でも、5千円×3杯=1万5千円の実費をあのドラマーさんに請求できるの?

 中学卒業保留中のアタシですら単純に想像できるんだけど。


「お姉ちゃん。横浜って、中華街の横浜?」

「そうだよ、桜花。アタシたちまだ横浜なんて行ったことないよねえ」

「うん。ない」

「おやおやお嬢さん方。では肉まんでも食べに行きますか」


 まあ、高速を使えば横浜なら日帰りできるだろうし、母さんに心配かけることもないか・・・でもでも。


「王子様、ベスパで高速走るの?」

「緋糸クン、いい質問ね。ちょっと高速はキツイから裏ルートを使うわね」


 そう言ってハンズフリーのスマホで誰かに連絡し出した。


「Hello, hello! どこかでピックアップしてくれないかしら?」


 何度か頷いた後王子様は左車線に入る。

 しばらく走ると背後からキュシューン、という金属的な排気音が聴こえてきた。


「来たわ」


 アタシがシート後部のフレームを後ろ手で掴んで振り向くと、ちょうど、ゴオッ、と風が右車線を通り過ぎるところだった。


『ROCHAIKA-sex Japan toure』


 とロックバンドのプロモーションがラッピングされたトレーラーの側面が目の前に現れ、猛スピードでベスパを追い抜いて行った。

 王子様がベスパを減速するとトレーラーはそのまま左車線に入ってくる。


「ま、まさか?」

「そのまさかよ」


 トレーラーの後方ハッチが開いて、スロープの鉄板が、ウイン、と降りてくる。走行するアスファルトスレスレで停止する。


「行くわよ!」

「わあっ!」

「わーい!」


 桜花のはしゃぎ声と同時にベスパは小型バイクとは思えない加速でトレーラーに突っ込む。

 ガコン、と音がしてわたしは目をつぶったけれども、王子様が見事なブレーキングでほとんどストレスなく中に収まった。


「滅茶苦茶だよっ!」


 アタシが抗議すると王子様は平然と言ったのよ。


「だって、探偵だもの」

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