ガールズバンドになれなかったパンクバンド

 洋館ブランチの記念すべき依頼人1号はパンクバンドのドラマーだった。

 ドラマーがリーダーを務める彼のバンドはインディーズではかなり知名度が高くって、メジャーデビューまで後一歩という時に、ギタリストが何も告げずにいなくなったそうだ。


 王子様はエスプレッソの小さなカップを傾けながらドラマーの話を聞いていた。

 意外と真面目に。


「俺は彼女なしではやっていけないんですよ」

「あ。ギタリストは女の子だったのね?」


 王子様がひときわ興味を示した。


「で、テクは?」

「最高」


 桜花は甘ーくしたミルクティーを小鳥のくちばしみたいにして、ちょ、ちょ、と飲んでいる。けれどもドラマーが着てるTシャツには『鬱』ていう文字がペイントされてるし、王子様は王子様で英国旗をデザインしたロンドンブーツ履いて、桜花の教育上はっきりいって劣悪な環境だなー。

 わたしも音楽にそこまで造詣が深くないので、話を聞いているうちに段々とイラついてきた。


 王子様から話を振られた時は殺意すら抱いたんだよね。


「ねえ、緋糸ひいとクン。このドラマーの彼を助けてあげようよ」

「でも王子様。ドラマーさんは結局3年間何してたの?」


 王子様もドラマーも、目を小動物のようにつぶらにする。

 どうやらアタシの応対が予想を超えてたようだ。つまりはぬるま湯が大好きなバンドメンバーだったんだろう。


「だ、だから、そのギタリストがいないと俺は・・・」

「で? 3年間活動もせずに?」

「あ、ああ。だってしょうがないだろう?」

「ねえねえ、ドラマーのお兄さん」


 桜花が突然話に加わってきた。

 ドラマーもなんだこの子は? という感じで桜花を見ている。


「そのギタリストの女の子が好きなんだね」

「な!?」


 ふーん。

 桜花、鋭い! さすがアタシの妹だよ。


「・・・ああ、好きだよ。俺の『彼女』だったからさ。未練タラタラだよ」

「ドラマーさんのことがキライになったのかな?」

「く・・・キミ、かわいい顔して辛辣な。でも・・・分かんないんだよね、彼女の気持ち」


 とにかくギタリストの彼女の画像を見せてもらった。まあ、美人だし、背も高いし。これでギターが上手いんなら周囲の男がほっとかないよねー。

 ただし、頭髪がツクツクと尖っている。ほんとにパンクなんだろうなー。


 王子様はまだ確認したいことがあるようだ。手のひらを組み合わせ、ぐいっ、とドラマーの方に体を乗り出して、そっと訊いた。


「アナタ、普段ミニスカート穿いてるでしょう?」

「えっ!? なんで分かった?」


 出たよ。

 類は友を呼ぶ。先日のストリートライブもどきを、自分がツイッターでフォローしている別のパンクバンドの『いいね』を観てやってきたというドラマーは、やっぱり王子様に何かシンパシーを抱いたに違いないわよね。


 そして王子様は探偵としてのクオリティの高さを垣間見せたんだよ。


「まず、その足の日焼け。その太腿の後ろあたりが焼けているとなると、普段から足のパーツの大半を日光に晒していないとそうはならないのよね。かと言ってお尻とハムストリングスの付け根あたりは生白い状態だから、ショートパンツで歩いているわけでもない。どうかしら?」

「あ、当たってる・・・」

「なおかつギタリストの彼女の画像はパンクはパンクでもハードコア寄りよね? レザーのミニスカが圧倒的な存在感を醸し出してるわ。となると彼氏であるアナタもペアでのファッションを楽しみたいという欲望が沸き起こってくる。今あなたが履いているのもやっぱりかなりハムストリングスの露出が大きいショートパンツだけれども、バスドラとハイハットのフットペダルをスムースに操るためにはピチッとして動きの取りにくいショートパンツよりは股間の可動域が大きいミニスカートの方を選ぶでしょ。どうかしら?」

「ず、図星です」

「更にはインディーズでそれなりに知名度があった。言っちゃなんだけど、アナタの脚の筋肉の動きをさっきから観察してると、ドラムのテクはイマイチと推測できる。ならパンクはパンクでもガールズ・パンクバンドっていう展開にしたらプロモーションとしても有効。ズバリ、ヴォーカルとベースも女の子だったんでしょう!」

「うう・・・どうしてそこまで」

「わたしは探偵よ? 女子3人、男子1人の4ピースパンクバンド。アナタは自分が男であることがいたたまれずに、他のメンバーに申し出たのよね。『俺、女になる!』って。そして、際どいミニスカで大胆なフット・ワークでのドラミングを売りにした。見えそうで見えないその絶妙のアングルに、多くのフォロワーが騙された。その良心の呵責でもってアナタはギタリストの彼女が失踪したのは自分の音楽に向かう姿勢が邪なものだったからではないかとまるで告白するかのようなパンクナンバーをリリースした! そしてその核弾頭のようなパンクナンバーを引っさげてデビューしようという前夜に、ホントに彼女は失踪した!」

「す、凄い推理だ・・・」

「当然よ」


 王子様は探偵がクライマックスシーンでつぶやく決めゼリフを堂々たる表情でキメてくれた。


「だってわたし、アナタたちのファンだったもの」

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