第12話


 あの後冷静になった私は、神本くんを連れて行く決断をしたことを心底後悔していた。彼を連れて行けばほぼ確実に恥をかくことになる。ランチの約束の場所は都内一流ホテル内のフレンチレストラン。あの神本くんがフランス料理のマナーなんて知っているわけがないし、ぼろを出せば金山が目ざとく発見してはねちねち私への攻撃手段に使ってくるだろう。かと言って一度連れてくると言ったものを連れて行かなければ私が恐れをなして逃げたかのような印象を与えてしまう。それだけは絶対に嫌だ。何が何でもこの局面を切り抜けなければならない。

 そこで思いついた対策が神本くんに言葉を暗記させておくというものだった。恐らく金山は神本くんに対して質問を集中砲火してくることだろう。それが分かり切っているのなら、飛んでくると予想される質問をリストにして、それに対する答えを神本くんに暗記させればいい。

 私が用意した質問リストと、それに対する神本くんの答えはこの通りだ。


 Q.年齢は?

 A.16歳です


 Q.学歴は?

 A.県内にある高校の普通科です

(嘘はついていない)


 Q.お父さんのお仕事は?

 A.銀行の支店長です。

(ちなみに神本くん曰く本当らしい)


 Q.趣味は?

 A.乗馬です。やり始めの頃は臭いが強烈で大変でしたけど、慣れれば大したことありませんね。


 Q.休日は何をして過ごしている?

 A.スポーツですね。何でも出来ますよ。

 釣りに行くこともありますね。釣った魚は自分で捌くんですよ。


 Q.尊敬する人は?

 A.ノリスCEOの平井圭一ですね。イノベーティブで斬新な製品を産み出し続け、何度挫折を味わって成長を止めない姿は驚嘆に値します。



 Q.乗馬歴は長いんですか?

 A.ええ。小学生のときから続けています。馬はいいですね。ニンジンをぼりぼり食べているところも愛らしくて可愛いですよ。この前頭を噛まれてしまったんですけどね。ははは。でも好きなんですよ。


 Q.将来の夢、展望は?

 A.まだ決まっていません。ですが焦らず長い時間を掛けて見つけていこうと思います。


 Q.好きな動物は?

 A.犬です。犬が大好きなんです。


 Q.好きなブランドは?

 A.フォリージュです。マイナーかもしれませんが革がしっかりしていて長く使えるんです。

(ブランドをしっかり知っていることをアピールしたい)


 Q.好きなスポーツは?

 A.空手です。全国大会で優勝した経験もあります。

(これも本当らしい。本当かどうかは分からないけれど)


 Q.好きな食べ物は?

 A.清花が作ってくれる料理は何でも好きですけど、強いて挙げるなら肉じゃがですね。


 Q.お住まいは?

 A.横浜市内です。駅が近くて便利です。


 Q.恋人にするのならどんな人?

 A.もちろん清花ですよ。


 Q.清花のどこが好き

 A.見た目で言えば目も口も大きくて綺麗なところ


 ・用意していない質問には全て「分かりません」or「一度もやったことありません」ということ。




 リストを見た神本くんは「これだと俺が清花の事を好きみたいじゃないか」と不満を漏らしていたけど、そこは女の子の顔を立てる素敵な男性を演じるために仕方ないのだと説明した。


 そしてついに金山との食事会の日が訪れた。この日のために神本くんの服をもう一式新調した。(先週と同じ服を着ていたらまた嫌味を言われる可能性があったため)神本くんとの反復練習もこなした。フランス料理のマナーも教え込んだ。やれるだけの事はやった。

「いい? 今日は私が良いと言うまで絶対に料理に手を付けちゃだめよ」

 先に到着した私たちはレストランの前で話していた。

「何故だ。俺も腹が減っているんだ」

「貴方、用意してきた質問に答えながら食事もこなすなんて器用な事が出来ないでしょう。食べていいのは一通り質問が終わってからよ」

 私たちが小声で喋っているとエレベーターの方から金山が現れた。

「あら一条さん、先にご到着されていたのね。お腹が空いているところ待たせて申し訳ありませんわ」

 開口一番から嫌になる女だ。

「ほほほ、いえいえ。全く待っていませんわよ。ちょっと近くでお買い物をしていただけですの」

 私は神本くんに持たせていた某高級ブランドのバッグを指さして言った。お値段うん十万円なり。一瞬、金山の目が驚きで見開かれるのが分かった。そうよ、驚きなさい。もっと驚きなさい。その顔を見るために買ってきて、尚且つ裸で神本くんに持たせていたのだから。

「ま、まあ素敵なバッグ。そうだ、早く中に入りましょう」

 金山はバッグの話題には極力触れないようにしてレストランの中に私たちを促した。中に入ると周りからの視線を否応なしに感じる。ランチメニュー7000円からの高級レストランに子供だけで入っているのだから不思議がられて当然だ。もう慣れたけれど。

「神本さんの歳はお幾つなんですか?」

 席に座ると同時に金山から質問が飛んできた。やはり来たわね。でも、今の神本くんなら上手く切り抜けられるはず。

「16歳です」

 慣れない敬語を使って答える神本くん。先ずは無難な立ち上がりだ。

「そうなんですか。もっと年上の方かと思っていましたわ」

「よく大学生に間違えられる。この前なんか25歳と間違われたぞ」

 しまった、質問項目以外だといつもの口調に戻ってしまうのか……。

「ではどこの高校に通われているのですか?」

「県内にある高校の普通科です」

 ここまでは順調ね。このまま最初のアミューズ(補足:日本でいう突き出しみたいなもの)が運ばれてくるまで待てば一山超えたと言える。

「そうなんですか。お父さんはどんな仕事をしておいでなんですか?」

「犬ですね」

 神本くん!! それ好きなペットを聞かれた時の台詞! あと犬が仕事って何!? 

「え、犬……?」

 金山は不思議そうに首をかしげている。まあそうなるだろう。

「ほほほほほ! 神本さんのお父様は三つ葉銀行の支店長をされておいでですの! 彼の本社に忠誠を尽くす姿はライバル銀行から『犬』と評されるほどだとか!」

 いきなり牙をむいて来た神本くんのポンコツっぷりをフォローをしようと、私はどうにか取り繕った。

「そ、そうなんですか。神本さんは結構ストレートな表現をされる方ですのね」

 金山は納得したようなしていないような表情をしている。そのまま質問は止めにしてくれないだろうか。

「でも三つ葉銀行の支店長だなんてしっかりした方ですね。やっぱりお父様のことは尊敬されているの?」

「分かりません」

 いや何で分からないのよ、応用能力ゼロか。

「ほ、ほら神本さんには尊敬する方がいるのよね?」

 すると神本くんは一度「ああ」と思い出したように声を出した。

「尊敬しているのはノリスCEOの平井圭一です。いの、いのっ、いのぶ……」

 いのぶって何だろう? ああもう、また助け船を出さなきゃ。

「はっ、はぁっ、はぁっくイノベーションっ! あらすみません。ちょっと花粉症が……」

 私はくしゃみをする動作とともに言った。お願い気づいて神本くん……!

「すごいくしゃみするなお前」

 あんたを助けるためにやったんでしょうがっ!!!

「平井圭一さんですか。私も尊敬してますよ。彼の出している本も読みましたわ」

 何故か金山の方から助け船がやってきた。ここで気づいた。多分だけれど金山は神本くんに好意を抱いている。勿論この場所で私に恥をかかせるためという目的もあるんだろうけれど、一番は金山が神本くんに会いたかったから彼を誘ったんじゃないだろうか。現に彼女は先ほどから神本くんの方を向きっぱなしで、私には目もくれない。

「神本さんの趣味は何ですか?」

「乗馬です。初めは馬糞の匂いが臭くて大変でしたけど慣れましたね」

 ちょっと違うけどまあいいか。

「そうなんですか。やっぱりお馬さんが好きなんですか?」

「ええ。ニンジンをボリボリ食べる姿も可愛らしくていいですね。この前は頭を噛まれてしまったんですけど、でも好きなんですよ。ははは」

「まあ、頭の方は大丈夫でしたの?」

「一応大丈夫だったぞ。まあ俺を噛んだ馬はミツバチに刺されてしまえと思ったがな」

 おい二重人格か。さっき噛まれても好きって言ってたでしょうが。

「そうなんですか」

 納得するんかい。

「それで神本さんは休日何をして過ごしておられるんですか? やはり乗馬ですか?」

「乗馬もそうですが父親と釣りに行くこともありますね。父は……父は、ええと」

 そして思い出したようにしゃべりだした。

「父は釣った魚をボリボリ食べるんですよ」

 ちょっと待って! 神本くんのお父さんがどんどん人外になっていっていく! 

「この前は僕も頭を噛まれてしまって。ははははは」

 いや笑い事じゃないわ!! これは流石に金山も突っこんでくるんじゃ……。

「そうなんですか」

 スルーした!!?

「神本さん、以前お会いした時から思っていましたけれどお洒落ですよね」

 馬鹿め。それは私のコーディネートだ。

「やっぱりどこかお気に入りのブランドがあるんですか?」

「あります。えっと、ふぉ、ふぉり、ふぉっ、ふぉりぃい」

 フォリージュよ、神本くん! あと少し! 

「フォティポポンが好きです」

 強引にハードランディングしよった!? 何その気色悪い名前!

「……えっと、聞いたことないわ」

「マイマイですからね」

 マイナー!!

「なんか革がめっちゃ美味しいんですって」

 そして明からさまに適当になってる!! これは流石に金山も幻滅したんじゃ……。

「そうなんですか。今度私も食べてみたいですわ」

 話合わせてきた!?

「ところで神本さんはどんなタイプの女性が好きなんですか?」

「清花さんが好きです」

 ここは覚えていてくれたのか、とちょっとホッとした。

「ええっ! 一条さんのことが好きなんですの? でも、どこに惹かれたんですか?」

 あからさまに残念そうな金山。こんな女のどこがいいのとでも言いたげな目線で私を一瞥する。ふふっ、いい気分だわ。

「まあ最初は馬糞臭くて大変だったんですけど」

 おいっ!!! それ馬のところの応答! 私から馬糞の臭いがするみたいになってる!

「あとヌメヌメして生臭かったりもするんですけど」

 それ魚!! 何なの私は錬金術によって生み出されたバケモノなの!?

「あと平井圭一をボリボリ食べてて」

 何その人食いクリーチャー!?

「あ、そうそう。目も口も大きくて」

 合ってる! 合ってるけど今その情報出しても私のクリーチャー性の補完にしかなってない!!

「そんなヌゲスコポンが好きです」

 私は!?

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