第54話 花嫁

 ガイの顔つきは、城を出た時と戻ってきた時でまるで違っていた。

「何があったらそこまで変われるのじゃ?」

 ティザーニアに向かう途中、不審に思って、サーシャはつい尋ねてしまった。

「ティザーナ王国で色々な問題を目の当たりにしたからです」

 ガイにしては顔に表情を出さず、飄々と答える。どうもおかしい。

「違うな」

 それもあるだろうが、きっとそれだけではない。もっと重要なことだ。

「え?」

 馬上のガイがうろたえる。

「女ができたろう?」

 ずばりサーシャは聞いてやった。

「こ、こんな時に何を言っているのですか!」

 図星だ。疑問を率直に口にしただけなのに、この焦りようはなんだ。わかりやすいにも程がある。

「へえ……どこで知り合った?」

 にやにやしながらガイをいじる。

「今、言わないとダメなのですか?」

 それに素直に乗ってくれるのがガイのかわいいところである。

「気になるじゃろうが!」

 今からレイズは確実に討ち取る。そうなると、サーシャの次の関心事項はガイの未来の花嫁だ。5年間、マリーの代わりに母親として、ガイを見てきたのだ。幸せになってほしいというのが親心である。

「……わかりました」

 ガイは渋々、リルという女との馴れ初めについて話してくれた。リルは暗殺者として、レイズによってガイのもとに送り込まれた美しい刺客だった。一目惚れしたガイはそんなこととは露知らず、彼女の頑なな心を開こうと必死になっていた。いつの間にかその想いは通じ合い、フローアンに一緒に逃げようとしたが、スノーヴァでティザーナ王国軍に阻まれた。そこで、リルは捕まってしまったが、ガイのことは逃がしてくれた。恐らくレイズに今もまだ捕まっているはずだ。

「なんだかややこしいのを好きになりおって」

 ドラマチックではあるが、親としてはそんなものは求めていない。ガイの花嫁になるのは、国王にふさわしい高貴な身分の女がいいと思っていた。しかし、

「俺は彼女を妻にしたいと考えています」

 マリーに似た澄んだ瞳できっぱりと言い切る。

「お前……本気か?」

 5年前、マリーにも同じことを言ったが、まさかもう一度同じことを言う日が来るとは夢にも思わなかった。

「俺は本気です。彼女以外の女をティザーナ王妃にする気はありません」

 暗殺者が王妃だなんて考え直せ……と言おうかと思ったが、やめた。

「わかった。 必ず助けてわらわに紹介しろよ。そしたら、その子をわらわの養子にしてやる。フローアン王家の養女なら国王の妻として釣り合うじゃろう?」

 決意を固めたら揺るがない。何を言ってもムダだ。それよりも切り替えて違う手を打った方がいい。それはマリーの時に経験済みである。

「ありがとうございます」

 サーシャの言葉を聞いて、ガイが嬉しそうに目を細める。よほどリルのことが好きらしい。ガイにこんな顔をさせるリルに会ってみたいと思った。

「全く。親子でへんなところが似たものよのう」

 本当にこの親子にはかなわない。サーシャは深いため息をついたのだった。


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