第48話 罰

 リュクスと話しているうちに、あっという間に城に着いてしまった。久しぶりに帰ってきた城は以前にも増して、どんよりとしているように見えた。

「リュクス。そんな顔しないでよ」

 馬車の中で話してからというもの、リュクスに元気がない。しかし、

「私はいたっていつも通りよ」

 心配すれば、憎まれ口が返ってくる。リルも人のことは言えないが、かわいくなげのない女だ。

 壁にろうそくが規則正しく並んでいる薄暗い廊下をどんどん進んでいく。リュクスが先頭に立ち、その後を縄で縛られたリルと見張り役のスノーヴァ兵士2人がついていく。廊下のつきあたりにティザーナ王国の紋章と同じ翼を持つライオンの装飾の扉が見えてきた。ここが玉座の間だ。

「失礼いたします」

 リュクスが一礼して入り、その後に続く。レイズは、玉座にこしかけ、待ち構えていた。

「ガーウィン王子は逃げましたか」

 体をゆすり、明らかに苛立っている。リルの姿を見るとつかつかと近寄ってきて、思いきり殴り飛ばした。リルの体中に鈍い痛みが走る。リュクスとスノーヴァ兵士がぎょっとしてその様子を見つめていた。

「裏切り者への罰は私が与えます。覚悟はできていますね?」

 その場に倒れこんだリルの首をぎりぎりとレイズが絞める。今のレイズは憎悪に支配されている。どうも安らかな最期は迎えさせてもらえそうにない。

「はい……」

 玉座の下にあるレイズ御用達の地下室は行ったら帰れない。暗殺者たちの中では有名な話である。その地獄への扉ともいえる玉座がレイズによって後ろへとずらされた。レイズは、意識がもうろうとしていたリルに鞭を打ちながら立ち上がらせると、地下へ続く階段に向かって歩かせた。そして、階段を下りかけた時、

「そうそう。あなたにはもうひと仕事していただきたいのです。ロレーヌ支部長」

 思い出したようにレイズがゆっくりと振り返った。

「なんでしょう?」

 リュクスが淡々と答える。

「ティザーナ王国全土にガーウィン王子を捕まえるよう通達を出しなさい。恐らく、ガイ・オーウェンと名乗り、どさくさに紛れてフローディアのサーシャ女王のもとまで行くつもりでしょう。絶対に合流させないようにしなさい」

 レイズがここまで大々的な措置を取るなんて、珍しい。相当、追い詰められているに違いない。

「かしこまりました」

 リュクスが一礼する。

「私としたことが……甘く見すぎていました。これ以上、野放しにするわけにはいきません」

 レイズから静かな怒りを感じる。これがあとで自分の身にふってくると思うとぞっとした。

「さようでございます」

「どんな手を使ってでも捕らえるのです! 急ぎなさい!」

「さっそく取り掛かります!」

 冷酷なリュクスでさえ、怖くなったのかそそくさと去っていった。

「いたっ……!」

 残されたリルは、リュクスがいなくなった後、さっそく鞭打ちにあった。

「自分がしたこと、わかっていますね?」

 よろめいたリルの胸ぐらをつかんでレイズがにらみつける。

「わかっています」

 わかっている。それでも助けたかった。愛する人を。

「行きましょう。私の命ある限り、この玉座は譲りません」

 レイズの目は殺気立っていた。玉座の下の階段を下り、岩場のごつごつとした道を進む。ようやく開けたところに出たと思ったら、そこは、壁際に柱のような太い木でできた十字架が向かい側に作られている場所だった。ここがレイズ御用達の拷問室らしい。当たりを見回すと、十字架の右側には通り抜けられそうな道があった。しかし、ここに連れてこられた暗殺者たちがこの道を通ることはないだろう。

「そこに立ちなさい」

「かしこまりました」

 レイズに指示されるままリルは十字架の前に立った。レイズがにやにやしながら、無の境地に達しているリルを十字架に縛り付ける。

「さて。どうお仕置きしてやりましょうか」

 ぱしりと鋭い鞭の音が聞こえてくる。もう覚悟はしていた。

「どんな罰でも受けるつもりでいます」

 痛いとか怖いとかそんな感情を見せれば、レイズをいっそう喜ばせるだけだ。この場所に連れてこられたものは、どうせひと思いには殺してもらえない。じわじわとレイズの気が向くままに罵倒され、体力を奪われて死んでいくのだ。

「裏切り者になっても、相変わらず潔いですね」

 十字架に縛り付けられても顔色1つ変えないリルにレイズが感心している。

「それが取り柄ですから」

 レイズは恐怖で震えているところが見たいのだ。思い通りにさせるつもりはなかった。しかし、

「あなたが自分を見失うほどあの男にのめり込むとは思っていませんでした。任務を放棄してまでね」

 鋭利な刃物のような言葉がぐさりと心に突き刺さる。

「それ……は……」

 痛いところをつかれて言いよどんだリルの隙を見て、レイズがぴしゃりと鞭を打つ。

「私の信頼を棒に振った代償は大きいですよ」

 レイズの手は、一度、始まったらもう止まらない。何も反論できず、リルはただその鞭を一身に受け続けたのだった。

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