第47話 迷い

 リュクスとリルを乗せた馬車はゆっくりとティザーニアがある西へと向かっていく。金や銀があちらこちらに使われた豪華絢爛な馬車の中で2人は対峙していた。

「捕まえたわりには、優しい対応だね」

 剣を始めとする武器やさきほどの煙幕など全て取り上げたから、もう抵抗されることはない。だから、リュクスは自分と同じ馬車にリルを乗せた。それをリルは不審に思っているらしい。

「これであなたとお話するのも最期でしょ?」

 幼い頃からずっと一緒に剣の練習をしていたリルを自分が捕まえることになるとは思いもしなかった。リュクスだってまたリルと剣の試合がしたかった。だって、まだ1度も勝っていないのだから。

「そうだね」

 リルはリュクスと視線を合わそうとはしてくれなかった。当然だ。リュクスが2人の愛を引き裂いたようなものだ。それは自分でもよくわかっている。でも、これは仕事だ。個人の私情など挟むべきではないとリュクスは考えていた。

「どうしてこうなったのかしらね。ファナック先生の時には心動かされなかったあなたがあんな男に堕ちるなんて」

 すべての始まりはそこだ。どんな男に言い寄られても決して揺らがない強さを持っていたリルがあんな単純そうな男に引っかかるなんて。あの男はどんな手を使ったのだろう。

「さあね。私にもよくわからない」

 大きな赤い切れ長の瞳に影が宿る。物憂げな表情は、男でなくとも心惹かれる美しさだ。

「よくわからない?」

 思わず問い返す。命を懸けるほど夢中になっているのに、その理由がわからない? リュクスには信じがたい言葉だった。首を傾げていると、リルは、

「そう。気がついたら好きになっていたんだ」

 リュクスが見たことのないような幸せそうな笑顔を浮かべた。これから殺されるというのに、そんなことは微塵も感じさせない雰囲気だった。

「バカバカしい。そんな感情、任務の邪魔でしかないわ」

 誰かのことを大切に想う気持ち。そんなものが何の役に立つというのだ。リルは、あの男にすっかり毒されて別人のようになっている。自分の手元にあったものが急になくなったような気がして、リュクスはむなしくなった。

「本当に邪魔なのかな?」

 リルがぽつりと呟く。

「そうよ。私たちは言われた通りにしていればいいの。そうすれば、生きていけるわ」

 王国軍のリュクスはともかく、暗殺者のリルにとってそれは絶対だ。その掟を破ることは死を意味する。今まで忠実に守ってきたではないか。それなのに、

「……それは生きているとは言わないよ」

 目の前のリルは平気でそんなことを言う。

「何言っているのよ。今から処刑される人が」

 掟に従って、任務を忠実にこなす。そこに余計な感情はいらない。そうではないのか。なんだか今まで信じてきたものが一気に崩れ去っていくような感覚だった。

「最期くらい『私』でいたっていいでしょ?」

 凛とした佇まいに思わずはっとさせられる。その言葉には強い意思が感じられた。レイズの操り人形にはもうならない。そう宣告されたのだと思った。

「リル……」

 やっぱりあなたは並みの人ならめいってしまうであろう重たい決断を自らしっかり下せるのね。そして、私の先を進んでいくのね。そう言おうとしたが、馬車の動きがもう止まってしまった。周りがなんだか騒がしい。どうやら、城に着いてしまったようだ。

「さて。行くか」

 すっかり沈み込んだリュクスとは対照的にリルは晴れ晴れとしていた。リルとの別れの時が着実に近づいている。ロレーヌ家の家訓にのっとってここまで頑張ってきたが、本当にこれでよかったのか。リュクスは1人もやもやとした思いと戦っていた。

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