第43話 湖

 意識を失っていたガイは、湖のほとりで目を覚ました。湖の周りには、背の高い木々がうっそうと茂っていた。街からは離れているらしく、さきほどまでの色とりどりの家は影も形も見えない。凍てつくような寒さの中、ガイは震えながらも立ち上がろうとしたが、

「無駄よ。大人しくしていなさい」

 ダータンがティザーナ王国軍の鎧を着た男を2人ほど背後に連れて、ガイを見ながら薄ら笑いを浮かべていた。

「俺をどうする気だ」

 ダータンを殴ってやりたくても、足にはいつの間にか重りがついている。手も縛られていて身動きが取れない。ちらりと後ろを見ると、この寒いのにまだ凍り切っていない大きな湖が地平線の果てまで伸びていた。

「どうするって……そこの湖に突き落としてやるのよ。それがここの処刑のやり方みたいだから」

 それを聞いて、背後の湖がガイを飲み込もうとしているかのように思われ、水面のゆらめきが急に不気味に感じられた。

「処刑……だと……?」

 自分が何をしたというのだ。たったあれだけのことでなぜ殺されなければならない。ガイにはわけがわからなかった。しかし、

「そうよ。公務執行妨害ってリュクスがお怒りよ」

 ダータンはにんまりと笑う。ガイが処刑されるのを楽しんでいるようだ。

「あの女……!」

 どこまでも冷たい女だ。あの後、残ったリルは大丈夫だっただろうか。あんな幼なじみならいない方がよほどいい。そう思っていた時、

「待ちなさい!」

 どこからともなくリルの声が聞こえてきた。

「来たわね」

 ダータンが剣を構えてリルの姿を探す。しかし、

「リル!」

 リルはダータンの隙をついて、足音を忍ばせて素早くガイの後ろに回り込み、縄を剣で切ってくれた。そして、

「重りを外して!」

 ガイに重りの鍵を手渡し、ダータンとの間に立つと、剣を突き付けて威嚇した。

「助かった」

 これでこの寒い中、湖に放り込まれて氷漬けにされなくてすむ。ガイは、かじかむ手でがちゃがちゃと自分の足についている重りを外した。一方、

「ちょっと。今、処刑中なんですけど?」

 ダータンはわざとらしいため息をついて、ものすごく不服そうにしている。

「私が相手になる。かかってきなさい」

 リルの目からは明らかな殺意が感じられた。しかし、

「合理的でいいと思わない? それならあなたも……」

 ダータンはひるむことなくべらべらと喋っていた。それならあなたも……のあとを遮るかのように、

「二度と無駄口叩けないようにしてあげる」

 リルが剣をダータンの喉元に突き付けた。ダータンは、何を言うつもりだったのか。もしかして、イルマが言っていたことと関係があるのか。ガイは色々と情報を突き合わせて冷静に考えていた。

「仕方ないわね。みんな出てきなさい」

 ダータンが叫ぶと森のいたるところから、王国軍の鎧を着た兵士たちが出てきた。その数ざっと10人。さすがに多すぎる。リルがびっくりしている隙にダータンがひらりと近くの木にあがった。

「逃げる気か!?」

 ガイが立ち上がり、追いかけようとした時には、すでに時遅しだった。

「もちろんよ。あたし、まだ死にたくないわ」

 ダータンは木をつたいながらそう言うと、煙幕で姿をくらましてしまった。

「リ、リル……やめとけ」

 煙幕でせき込みながら、リルを制する。いくらなんでも数が多すぎる。しかも相手は鎧を着ているのだ。勝ち目はない。

「おとなしくせよ!」

 兵士たちが口々に言い、リルとガイを湖の際までじりじりと追い詰めていく。

「あまり使いたくなかったんだけどなあ……」

 リルはそう言いながら、懐から小さな爆弾らしきものを取り出し、兵士たちの方へ放り投げた。地響きがするほどの大爆発が起きる。

「こっちに来て!」

 兵士たちがパニック状態に陥っている隙にリルはガイの手を掴み、森の中を全力で走り始めた。

「おう! なんとか逃げ切るぞ!」

 手榴弾なんて、普通なら持つだけでも躊躇する代物だ。それを使いこなせてしまうということは、やはりただ者ではない。しかし、恐怖は感じない。むしろ、そんな女が隣にいてくれると思うと、頼もしかった。

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