第42話 踏んだり蹴ったり
「なんなんだよ。あの女」
ガイはリルと分かれてからもまだ頭に血が上っていた。あんな冷たい女がこの街の支部長だと? 正論ですべての物事が動けば、誰だって苦労はしないのだ。ガイだって、そんなことは承知の上で動いている。ただ、あんなやり方はどうしても許せなかったのだ。雪道をずんずん歩いてもガイの苛立ちは収まらなかった。
しかも、ずんずん雪道を歩いているうちに、宿屋に行く……と言いながら、またいつものごとく道に迷ってしまった。しかし、道を尋ねようにもさきほどのリュクスの騒ぎのせいで道には誰も人がいない。今日は踏んだり蹴ったりだと思っていた時、
「オーウェン様!」
と誰かがガイを呼ぶ声がした。道を尋ねられるかもしれないと思い、足を止める。そして、辺りを見渡していると、背後から口元に白い布切れをかがせる手が伸びてきた。
「ごめんなさいねえ。あたしは今すぐにでも殺してやりたいんだけど、リュクスがここでは私のやり方に従ってもらうとうるさいから」
ねちねちとした陰湿な声だ。間違いない。
「ダータン……!」
言いたいことは山ほどあったが、白い布切れに塗られていた薬が効いたのかそのまま意識を失った。
「これでいいのね?」
ダータンが意識を失ったガイを手際よく回収していると、背後からガイを積み込むための馬車が予定通り到着した。中にはリュクスがいたらしく、颯爽と下りてきた。
「ええ。あとは掟どおりに処刑するだけよ」
リルがガーウィン王子のために暗殺者の掟を破ろうとしている。ダータンからそう聞いたリュクスは、リルに真偽を確かめたら、協力しようと約束してくれたのだった。
「あなたは幼なじみより掟が好きなのね」
ガイを殺すということは、彼を慕うリルを苦しめることになる。身体的にも精神的にも。それでもこの女はダータンに協力するというのか。半信半疑だったが、心配するまでのこともなかったようだ。
「相手が誰であろうと掟は掟よ。これはロレーヌ家の家訓なの」
ティザーナ王国きっての大貴族であるロレーヌ家には色々な人が出入りする。その中にはいい人も悪い人もいる。そこで、リュクスの先祖は、彼らをきちんと律することができるような仕組みを整備しようと考えた。それが掟だった。掟は自分の身を守ってくれる。だから、どんな掟であろうと掟は必ず守ること。守らない場合は厳しく罰すること。いつしかその教えはロレーヌ家の家訓となった。リュクスはその家訓を忠実に守っているにすぎない。
「大貴族の才媛っていうのも大変ね」
ダータンが大貴族という単語をわざと強調して言う。ふらふらとしている男もどきにロレーヌ家の崇高な精神がわかるものか。リュクスはその言い方に苛立った。そして、
「無駄話は終わりよ。さっさと行きなさい」
さっさと自分の前から姿を消すよう指示を出した。すると、
「はいはい。掟を守って来るわよ」
ダータンは身の危険を感じたのか速やかに撤収したのだった。
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