第35話 再会
隠れ家というわりには、立派な門構えの家だ。中も広くて、埃1つない美しさである。
「助けていただいてありがとうございます」
ガイの手当てをしてもらうため、その中の1室を借りることになった。
「間に合ってよかったよ。あとは妻のミカミに任せておけば大丈夫だ」
イルマにミカミと呼ばれた女がくるりと振り返る。
「任せて! こう見えても結婚前は看護師として働いていたから! 手当をするからそこで待っていて」
ミカミはそう言うと、担架を持った男たちと一緒に中に入っていった。廊下にはリルとイルマしかいない。
「ご結婚されたんですね」
最後に会ってから3年の月日が経った。お互いに色々あったのだなと思う。
「ああ。去年、見合いでな。親が早く結婚してこの家を継いでくれってうるさくて。俺に家を任せて、自分たちはちゃっかり隠居生活だ」
イルマが簡単にミカミとの結婚前の経緯を説明していく。
「かわいらしい奥さんですね」
ミカミは、男に3歩下がってついていくようなおしとやかな人だ。それでいて、てきぱきとしているところがある。きっとイルマをしっかり支えてくれるだろう。
「ミカミにはよくしてもらっているよ。僕の活動にも理解を示してくれている」
「活動……ですか」
さっきの広場での演説のことか。たしかガーウィン王子とともに国民軍として立ち上がるといった内容だった。
「そう。僕はここで自分の家を大人しく継いで終わるつもりはない。レイズのせいでゆがんだこの国を変えてやるんだ」
イルマの目は闘志に燃えていた。でも、
「どうしてですか? だって、こんな立派な家もあるし、かわいい奥さんもいるのに」
リルにはよくわからなかった。イルマは端から見ると地位もお金も家族も全てを持っているように見えたからだ。わざわざ危険を冒してまであんな活動をする必要なんてないはずだ。
「だからさ」
イルマはリルの問いかけに力強く答える。
「え?」
「僕はね、自分が不甲斐なくてこの活動を始めたんだ。最初はちょっとした軍を作ってレイズを倒して、君を助けたいと思っていたから。自分が君をレイズのところに行かせたような気がしてならなかったんだよ。自分が剣さえ教えなければ、こんなことにはならなかったのに……って」
活動の引き金になったのは自分だったのか。
「先生……」
リルはなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。やっぱりあの時ついていくべきだったのだろうか。そんな気さえしてきた。イルマはしょんぼりしているリルを横目にどんどん話していく。
「でも、活動を続けているうちに他にも大切なものが色々できた。国民軍もだんだん規模が大きくなってきた。もう僕だけの問題じゃない。そう思って各地を飛び回ったよ。仲間もできて、この軍の今後の在り方も真剣に協議した。その時、ミカミがぽつりと言ったんだ。行方不明のガーウィン王子が生きていたら、きっと力になってくれるはずだ。その時こそがこの水面下での活動が日の目を見る時だ。その可能性に賭けてみないかってね」
「……なんで……ですか?」
そんないるかどうかもよくわからないガーウィン王子に賭けてみるなんて。そんな助言、リルにはできない。きっと幸せな暮らしに身をゆだねているだけで、終わっていただろう。
「まあ、規模が大きくなって崩壊しそうになっていたから、求心力として利用させてもらったのもある。それに、レイズを倒したところでその後のことをきちんと取り仕切ってくれる人がいないと状況は変わらないだろ? 素人の僕らじゃ上に立つには心もとない。そうかといって、今の重役たちはレイズの言いなりだ。上に立って動ける存在がいるとは思えない」
「なるほど……」
そこまで見越した活動ということか。イルマには本当に頭が上がらない。感心していると、
「それにしても、君にふられたときはショックだったな。僕はそれなりに考えていたつもりだったけど」
イルマが急に話題を変えてきた。そんな不意打ちずるい。
「そ、それは……」
痛いところを突かれてうろたえる。
「まあ、1人の女として好きっていうよりもレイズにやりたくないって焦って考えた苦肉の策だよ。今思うと」
イルマはそんなリルを見て、爽やかに笑っていた。
「そうでしたか……」
薄々感じてはいた。だからこそ、リルは本能的にレイズのもとに行くことを選んだのだと思う。家族のいないリルは心から愛してくれる誰かと結婚することに憧れていたから。
「あの時はごめんな。君の気持ち、なんにも考えてなかった」
イルマがリルに深々と頭を下げて謝罪する。
「いいえ。私のこと、考えてくださってありがとうございます」
男女の愛ではないが、リルのことを大切に想ってくれたのは確かだ。その気持ちはありがたかった。
「話ができてよかった。ずっと謝りたいと思っていたから」
優しい眼差しでイルマがリルを見つめる。国民軍を作った活動家になってもそのまなざしは昔と変わらなかった。
「あの……」
もごもごとはっきりしない口調でリルは切り出した。
「なんだい?」
イルマがにこりと笑って尋ねる。
「これからもあの活動、続けてください。そして、ガーウィン王子の力になってあげてください。お願いします」
ガーウィン王子……その正体はフローアン女王の側近のガイ・オーウェンだ。今、この屋敷の部屋で手当てを受けている心優しい青年だ。イルマに言おうかとも思ったけど、それを言うと自分の今の仕事を話さないといけなくなる。イルマだけではない。ガイにも言わないといけない。ばれたら、いくらガイとはいえど、今まで通りに接してはくれないだろう。そう思うとなんだか怖くなって言えなかった。
「わかった。約束する。それと、僕からもお願いだ」
イルマが真剣な顔でリルを見る。
「なんですか?」
なんだかただならぬ雰囲気だ。イルマは、
「困った時には誰かに頼りなよ。僕の経験上、1人でできることってやっぱり限界があるから。取り返しのつかないことになる前に誰かに相談した方がいい」
と忠告してくれた。
「わかりました」
イルマにはそう答えながらも、そのタイミングを完全に逸しつつあるのを感じていた。いったいリルはガイのためにどうしてあげたらいいのだろう。もやもやとしたやりきれない思いを抱いていた。
その時、
「手当、終わったよ。入って」
ミカミがひょっこり顔を出した。
「はい」
部屋に入ると、ベッドでガイが包帯を何か所か巻かれて横になっていた。
「骨折もしてないし、傷も深くないから、すぐによくなると思うよ」
ミカミがおっとりとした口調で丁寧に説明する。
「よかった……」
自分のせいで命を落としたらどうしようかと思っていたリルはほっとした。
「気を失っているだけみたいだよ。ずっとリル……ってうわごと言っているから、そばにいてあげて」
ミカミがリルにベッドのそばの椅子に腰かけるよう促す。
「その男は本当にリルのことが好きなんだな」
その様子を見たイルマが頭を抱えていた。
「ええ!?」
ガイはわかりやすいから、確かにそんな感じはしていたが、他人に改めて言われるとどきりとする。
「ふふ。いくら好きとはいえ、自分の命を懸けてまで守れないものね」
ミカミが赤面しているリルに優しく微笑みかける。
「ちょっと単純すぎるのが玉に傷だけどな」
どこかで話したのだろうか。よく知っているかのような口ぶりだ。
「まっすぐで純粋なんですよ」
ガイのことを単純すぎると言われ、ついむきになって言い返す。すると、
「君が人のことで理性を失うとは珍しいな」
イルマがむくれているリルを見て、腹を抱えて笑った。
「か、からかわないでください!」
イルマに茶化されて、顔がほてってくるのを感じる。体が熱い。
「それじゃあ、お邪魔になってもいけないし、僕たちはいったん失礼するよ」
イルマがミカミについてくるよう促す。二人はすっかり混乱してしまったリルを残して、部屋を出ていった。
「ちょ、ちょっと……!」
あんな話をした後にガイと二人きりで取り残されると、ガイのことを異性として意識してしまう。しかし、
「リル……」
と相変わらずうわごとを言うガイを見ているうちにそんな気持ちも落ち着いてきた。
「大丈夫だよ」
殺したりなんかしない。殺させたりなんかしない。命を懸けて守り抜いてみせるから。
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