第32話 密偵

 ダータンは誇らしい気持ちでティザーニアの城に戻った。

「レイズ様」

 敬愛するレイズに久しぶりにいい報告ができる。入った時からすでに浮足立っていた。

「戻りましたか。ダータン」

 窓から外を眺めるレイズはいつも通り淡々としている。もう少し喜んでくれてもいいのに。

「はい。これがその証拠でございます」

 ダータンたち暗殺者は、主君であるレイズに証拠として殺した人物が常に身につけているものを差し出す。今日はレグールの特産品である金をふんだんに使ったブローチだ。細かい装飾が実に美しい。売ればいい値段になるだろう。

「なるほど。いい仕事をしましたね。褒美はたんまりとあげましょう」

 レイズも満足そうにそのブローチを眺めている。

「ありがとうございます」

 ひざまずいて主君に礼を言う。これでしばらくは安泰だ。また呼ばれるまで遊んで暮らせるだろう。しかし、そんなダータンのあては見事に外れてしまうのだった。

「ところで、有能なあなたに次の依頼をしたいのです」

 有能な……と言われると悪い気はしない。遊んで暮らすのはこの依頼が終わってからでも遅くない。ダータンはそう思い直した。

「何でしょうか?」

 次はどんな大物を狙わせてもらえるのだろうか。わくわくしながら次の言葉を待つ。

「リル・アーノルドが今、ガイ・オーウェンとともにティザーニアに向かっています。彼女には彼がガーウィン・メナード王子であることを確信した暁には殺しなさいと言ってあります」

 ガイ・オーウェン……ちょうどいいところで邪魔をしてきたあの男か。

「さようでございますか」

「20年前。最期までメナード母子の行方をあの夫婦は言いませんでした。ティザーナ王国に入ってから殺せと言ったのに、あんなところで殺すからいつまで経っても見つからなかった。私は業を煮やしていたのですよ。しかし、私は確信した」

「この前の戦でございますね」

1か月前。ティザーナ王国軍は国境へと進軍した。願わくば、フローディアまで攻め込むつもりだった。しかし、ザルク村に踏み込もうとした時、レイズの気が変わったのだ。

「そうです。国境に敷いていたティザーナ王国の陣地に飛び込んできたあの男は、憎き兄に瓜二つでした」

 あの時、ティザーナ王国軍は優勢だった。しかし、ガイがリビエラにとてもよく似ているということに気づいたレイズは、戦を中止させた。レイズはただ攻め込むだけの戦よりもガイを確実に殺すこと……を優先させたのである。

「お気持ちはよくわかります」

「何としてでもここで潰しておきたい。そこであなたには、リル・アーノルドとガイ・オーウェンの追跡をお願いしたいのです」

「追跡でございますか」

 暗殺ではなく、追跡……あくまでもリルに手を下させるつもりなのか。どうして、レイズはそんなにリルにこだわるのだろう。

「ええ。何かわかったことがあれば、逐一報告してください」

 リルのおまけ……という感じが否めなくて不満はあったが、断ることはできない。

「仰せのままに」

 ダータンは静かに一礼してその場を後にした。

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