第31話 盃

 ガイは、リルがジュエルと一緒に着替えをしている間に、アランに薬を渡し、事情を説明した。アランは涙を流し、

「本当にありがとうございます。これで病に苦しむ人たちを救うことができます」

 と言って喜んでくれた。

「いえ。リルのおかげなんです。俺は何もしていません」

 ガイが取られた薬をリルが体を張って取り返してくれた。ぎりぎりのところで心に傷も負わせなくてすんだ。ひやひやとしたが、結果としてはいい方だろう。

「何もできませんが、よろしければここでゆっくりとお休みください」

 アランがにこりと笑う。

「よろしいのですか? 追手が来るかもしれませんよ」

 ガイたちの状況については、説明したばかりだ。しかし、

「今、外に出るのは危険です。何かあれば、私たちが対応しましょう」

 アランは快く引き受けてくれた。

「ありがとうございます」

 いつの間にか真夜中だ。何がどこに潜んでいるのかわからない暗闇の中を移動するのはやっぱり得策ではない。素直にアランの好意に甘えることにした。

「それはよかった。ちょっとご相談がありましてね。葡萄酒でも飲みながら、あなたと話がしたいと思っておりました」

 何を話すつもりだろう。ガイには見当がつかなかったが、

「俺がわかることであれば、お力になります」

 と答えるしかなかった。

 台所に移動すると、アランは葡萄酒が入っている瓶のコルクを開け、グラスに注いでくれた。

「いただきます」

 一口ほど葡萄酒のグラスに口をつける。ガイは体格がいいからか酒好きに見えるとよく言われるが、実をいうとそんなに酒は強くない。明日、二日酔いにならないように気をつけないと、先を急ぐリルに烈火のごとく怒られる。

「これでマーティ政権は倒れました。しかし、そうなるとここがレイズ国王の直轄地となってしまいます」

 アランは机につくなり、本題を話し始めた。

「そうですね……」

「しかし、レイズ国王の直轄地になったところは重い税金を課され、土地も人もだんだん生気がなくなっていくと聞いております。だから、私どもとしては、手放しに喜べないというのもまた事実です」

 それがよかったのか悪かったのかわからない。アランは浮かない顔をしていた。中途半端に励ますわけにもいかず、黙っていると、

「ところで、フローアン女王にお仕えしているオーウェン様にお尋ねしたいのですが」

 急にアランがかしこまった態度をとった。

「なんでしょう?」

 何の気なしに聞いていたガイもどきどきしながら次の言葉を待った。すると、

「フローアンには本当にガーウィン王子が亡命しているのですか?」

 と真剣な眼差しで尋ねてきた。

「え……?」

 正体がばれているのか。手に汗を握りながら考えていると、

「フローディアの城で仕官しているオーウェン様なら、何か噂でもご存知かと思いまして……もし、生きているなら会えないかと思ったのです」

 アランが再び深いため息をついた。

「それは……なぜですか?」

 どうやら正体がばれているというわけではないらしい。何か事情があるようだ。ガイはアランの言葉に耳を傾けた。

「私は長年住んできた大好きなこの街が廃墟と化すのはどうしても耐えられない。そこで、トゥエンタに住んでいるイルマ・ファナックという革命家と手を結んだのです。水面下で動いてはいます。今日もその決起集会を密かにやっていましたので、仮面舞踏会の代役をお願いしたのです」

 そんな動きがこの街で起きていたのか。穏やかそうなアランがそんなことをしているとはちょっと意外だった。

「イルマ・ファナック……とは?」

 トゥエンタに住んでいるというのなら、もしかしたら会えるかもしれない。今のガイに何ができるわけでもないが、情報だけでも集めていれば、どこかで繋がるかもしれない。ガイは身を乗り出した。

「3年前から活動を始めたオーウェン様と同じくらいの年の男です。各地で彼を支持する者も多い。少々過激な男ですから、国王軍は目を光らせていますがね」

「なるほど」

「今日の決起集会でも話になりましたが、この計画にはどうしても20年前に行方不明になったガーウィン王子が必要です。もう亡くなっているという噂もあるのですが、どちらも確証がありません。だから、あきらめきれないのです」

「そうでしたか……」

自分がガーウィン王子本人であることが明かせないのがもどかしい。しかし、ここで正体を明かして活動に巻き込まれても何もできない。世の中にはタイミングというものがある。じっと耐えることにした。

「私たちはこの国をよりよくしたい。ボルモンド島という小さな島での争いなんて無意味です。リビエラ前国王の血を受け継ぐガーウィン王子なら、きっと我々国民軍とともに立ち上がり、レイズ国王を倒してくれるはず。その希望に賭けたいのです」

 アランの力強い目は本物だった。そこまで言ってくれるなら、ガイだって賭けてみたい。

「わかりました。俺は何もわかりませんが、サーシャ様なら何かご存知のはずです。聞いてみましょう」

 今はこうとしか言えないが、必ずともに立ち上がろう。ガイは、そんな想いを抱いていた。

「ありがとうございます」

 話がひと段落した頃、

「あら。こんなところにいたの?」

 ちょうどジュエルが入ってきた。しかし、リルの姿は見えない。

「リルは?」

「今日は疲れたからもう寝るって言っていましたよ」

 それもそうか。あんなことがあったのだ。ぐっすり寝て、明日にはまた元気な顔を見せてくれたらいいなと思う。

「じゃあ、俺もそろそろ失礼します」

 ジュエルに任せて、ガイもゆっくり眠らせてもらうことにした。

「2階の部屋、自由に使ってくださいね」

「ありがとうございます」

 アランと真剣に話していたため、酒を飲んでも大して酔いは回っていないような気がしていたが、歩き出すと徐々に酔いが回ってきた。なんとか階段に2階に上がり、階段に1番近い部屋の扉を開ける。そして、ベッドに倒れこむと、そのまま一瞬にして眠りについたのだった。

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