第28話 仮面舞踏会
レグールの街の一番南側にある豪勢な屋敷の前で馬車は止まった。大きな黒い門をくぐった途端に現れたフローディアの広場よりも立派な噴水やまるで古代の神殿のようなどっしりとした柱に彫られている小鳥や草花の装飾に度肝を抜かれた。しかし、
「どこが入り口なんだ?」
肝心の建物の入り口がどこなのかさっぱりわからない。馬車を下りてから、衣装に合わせた仮面をつけているものだから、余計に視野が狭くて歩きにくい。ガイの仮面は、白地に金が少し入ったもので、アランのお気に入りらしいが、つけたとたんにもう外したくなってきた。
「あっちじゃない?」
リルがガイの服の裾をつかんでくいくいと引っ張る。ドレスの色と同じ色が仮面の目元に使われていて、華やかな雰囲気を増している。何度見ても見とれてしまうが、とにかく会場にたどりつかなければならない。ガイは我に返って神経を集中させた。すると、リルが指さした方からほんのりとオーケストラらしい音楽が聞こえてきた。
「そうだな。行ってみよう」
音を頼りに進んでいると、だんだん人が増えてきた。ガイたちと同じようにみんな思い思いの仮面をつけている。
「あの人たちについていったらいいのかな?」
「そうだろうな」
平民として育ったガイとリルは、どうも堂々とした貴族の雰囲気に負けそうになる。端から見ると、きっと挙動不審の怪しい男女に違いない。2人はきょろきょろしながら、豪邸の中に入っていった。正面に赤いじゅうたんのひかれた階段があり、3階まで伸びている。そして、ダンスホールはこの階段の裏側らしく、色とりどりの装いをした貴族たちが吸い込まれるように次々と入っていく。
「……うわあ」
天井につり下がっている大きなシャンデリアに目を見張る。ダンスホールの中では、すでにオーケストラが上品なメロディーを奏でていた。男女のペアが何組も手を取り合って中心で踊っている。踊っていない人たちはそれぞれにグラスを持ち、話をしていた。しかし、上品な雰囲気のリルが通るたび、周りの男たちの視線が集まる。仮面をつけているので、顔はわからないが、この会場にいる男たちの視線を独り占めしているのは間違いない。一方のリルは、
「すごい……」
周りの男たちなんて全く目に入っていないらしく、完全に舞踏会の雰囲気にのまれている。
「一曲、踊りませんか?」
優美な世界に驚いて、固まっているリルに優しく声をかける。
「お、踊ったことなんてないよ……」
いつもつんとしていて本音をみせてくれないのに、この時ばかりは動揺しているのがはっきりとわかった。
「大丈夫だ。俺に任せとけ」
ダンスのステップはマリーのおかげで完璧だ。新しい曲が始まると、戸惑うリルをリードして、ガイは、踊り始めた。もともとの運動神経がいいのかリルは空を飛んでいるかのようにのびのびと踊っていた。一緒に踊っていた人たちの視線が一斉にガイとリルに集まる。ドレス姿の美しいリルとともに踊れることがとても誇らしかった。まだまだ一緒に踊って痛かったが、あっという間に一曲踊りきってしまった。ガイが観客に一礼すると、合わせるようにリルがドレスの裾を持って一礼する。観客からは大きな拍手が沸き起こったのだった。
「夢……みたい……」
拍手の中、人の輪を外れるとリルがぽつりと呟いた。
「そうだろ? 何事もやってみるもんだ」
仮面のせいで表情が見えないのが残念だ。今のリルはどんな顔をしているのだろう。ガイが妄想を膨らませていると、音楽が再び鳴り始めた。
「次の曲かな?」
先ほどまで周りで見ていた人々も曲に合わせて踊っていく。
「そうだな。俺たちも混ざるか」
「うん」
手を取り合って、再びダンスの輪に入っていった。
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