第23話 ダータン
「ここで本当に大丈夫か?」
レグールの中心街から別行動にしようと提案したにも関わらず、ガイは街の1番北側のダータンの家に続く路地裏の手前までついてきた。ターゲットに心配される暗殺者なんて聞いたことがない。よほどリルのことが心配らしかった。
「大丈夫だって。ほら。フォスター先生のところに行ってきて」
「わかったよ」
ガイは、相変わらず不服そうな顔をしていたが、ようやく向きを変えて、中心街の方へと引き返していった。ダータンとの会話の流れ次第では、リルがガイを狙う暗殺者だとはっきりわかってしまう。そのためにも、ガイを遠ざける必要があった。リルは胸をなでおろすと、路地裏の奥へと向かっていった。
レグールの街と砂漠の境目に建つ古い赤茶けたレンガ造りの一軒家。今にも壊れそうなこの建物がダータンの家だ。玄関の扉を4回ノックする。それがリルとダータンの合言葉のようなものだった。今日もがちゃりと鍵を開ける音がする。
「こんにちは」
当たり障りのないことを言いながら、玄関に出てきたダータンをにらみつける。
「お人好しね。こんなところにわざわざ来るなんて」
ダータンもリルがここに来た理由が分かっているらしい。それなら話が早い。
「薬を返しなさい」
単刀直入に切り出していく。しかし、
「そういうわけにもいかないわ。これは命令だもの。レイズ様の」
案の定、ダータンは引かない。レイズの暗殺者の中で1番の古株のダータンは、何かとずる賢い男だ。多分、何かを企んでいる。
「レグールの物流を滞らせろって?」
知っている情報を繋ぎ合わせて、それとなく探りを入れてみると、
「そうよ。去年、一緒に仕事をしたあなたならわかるはずよ。遠征中の騎士団の宿舎を借りて、盛大に宴会したわよね」
ダータンはぽつりぽつりと昔の話を始めた。
「……毒入りの酒を注いだ時……か」
リルと2人でコンビを組んで仕事をした時だ。
「そうそう。マーティ市長に呼ばれた医師の男たちがあなたの虜になっていたわ。まさか殺されるとも知らずに」
レイズは、レグールのマーティ市長を市長職から引きずりおろして、直轄地にしたいと考えている。そのため、何かと市長の邪魔をするようリルたちに申し付けていた。マーティ市長も有能な男ではない。2人は、ただこの街にある金が取れる鉱山をめぐって、対立していたのである。
「まあ、マーティ市長がレイズ様と折り合いが悪いのだから、仕方ないね」
諦めてさっさと譲れば、こんなことにはならなかったのに。病まではやり始めて、働き手がばたばたと亡くなっている今、金山どころではないはずだ。
「……ふふ。そうね。でも、あなたはそれで出世して、今やレイズ様のお気に入りじゃないの。いいわねえ。あのお方に気に入られるなんて」
一緒にコンビを組んで同じように動いたはずなのに、レイズの報酬はリルの方がはるかに多かった。それまでは親しい同僚という間柄だったが、この事件を経てリルとダータンの仲は急速に冷え込み、それきり会っていなかったのである。
「そんな話はどうでもいいから、とにかく薬を返して」
報酬はリルが決めたことではない。今さら自分に文句を言われてもどうしようもない。リルは淡々と受け流して、本題に戻った。
「どうしてもって言うのなら、取引しましょ。リルちゃん」
待っていましたと言わんばかりにダータンが切り出す。
「はあ?」
何をさせる気だろうか。びっくりして問い返す。
「あなたのその美貌を見込んで頼みがあるのよ」
ダータンは褒めているのか嫌味を言っているのかわからないようなことを言う。
「何?」
まわりくどい。こちらは時間がないのだ。早くしてほしい。ダータンは、
「あたしのターゲットはコークス・マーティ市長。今夜6時、マーティ市長主催の仮面舞踏会が開催されるのよ」
と言って、事細かに舞踏会について話し始めた。だらだらと話をしているが、そんな華やかな場所で、リルたち暗殺者がやることはただ1つだ。
「そこに潜入して市長を殺せって?」
話が読めてきた。やはり一筋縄ではいかないらしい。
「さすがはレイズ様のお気に入りね。その通りよ。すごく女好きっていう話だから、あなたが相手なら簡単に落ちるわ。奈落の底に……ね」
自分のターゲットを同業者に殺させ、自分の手柄とする。自分に逆らえないのを見越して、持ち掛けているのだ。ずるい手口だと思う。
「それで薬は返してくれるのね?」
ダータンの事情なんてどうでもいい。ガイの名誉のためにも薬をフォスター医師に渡させてあげたいのだ。
「ええ。簡単でしょ? いつも通りあなたは男を誘惑して殺せばいいのよ」
リルも好きで男を誘惑しているわけではない。そう言われると腹立たしかった。
「わかった」
ただ、この男とけんかしても埒があかない。大人しくその条件を飲むことにした。
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