第22話 次の街へ
「ティザーナ王国に入ったな」
国境の要塞は身体検査や荷物検査もゆるく、なんなく越えられた。
「レグールで薬を渡したら、レグール砂漠を越えるの?」
レグール砂漠はこの国の中央部にある広大な砂漠地帯で、レグールの背後に広がっている。ガイたちが歩く南部地方からティザーニアがある北部地方のちょうど真ん中に位置していた。昼と夜の寒暖差が大きく、一気に越えないと命の危険に関わる。しかし、ここを越えるのと越えないのでは、ティザーニアまでの所要時間が全然違う。男1人旅では、近道としてよく使われるらしいときいたことがある。しかし、
「まあ、レグール砂漠を越えたら1日くらいで着くらしいんだけどなあ……危ないからよほどのことがない限りは通らない方がいいんだろ?」
今回はリルと一緒の旅だ。しかも1週間以内でいい。できるだけ長く一緒にいたいというのがガイの本音である。
「そうなるね」
ティザーナ王国育ちのリルも同じ見解らしい。もっとも、ガイと1日でも長く一緒にいたいだなんてそんなことは考えていないだろうけど。
「……ということは、トゥエンタから船に乗ったりするようになるけど、レイズ国王が示した通り1週間では着くだろうさ」
自信満々にリルに説明していく。リルは、フローアン王国育ちのガイがティザーナ王国の地理に詳しいのが意外だったようで、
「詳しいんだね」
と目を丸くして驚いていた。
「まあな」
リルに羨望の眼差しを向けられると、ついにやけてしまうが、実際のところはマリーの国王教育の賜物である。行ったことはないが、地理は完璧に頭に入っていた。あの頃は嫌で仕方なくて逃げ回っていたが、勉強していてよかったと心から思う。
「何か気配を感じない?」
平原が終わり、少しずつ茶色の岩場がごつごつしている大地が近づいてきたころ、リルが何かを察知した。
「そうか?」
ガイにはぴんとこないが、リルは明らかに警戒していた。
「さっきから、誰かがつけているよ」
警戒心をむき出しにしてリルが辺りを見回す。確かに周りには隠れられそうな岩場がいくつかあった。リルは狙いをさだめると剣を抜き、大きく息を吸い込んで、
「出てきなさい。ダータン」
荒野中に響き渡るような大きな声で叫んだ。凛とした声にどきどきしてしまう。すると、
「やだあ。バレちゃった?」
近くの岩場から全体的にひょろりとした男が出てきた。くせのあるちりちりの髪に長いようなまつげ。まるでピエロのような派手なピンク色の服を着ている。声は低いが、妙に仕草は女っぽい。多分、女になりたい男というやつだろう。
「やっぱりか」
リルがその姿を見て、呆れかえっている。
「知り合いか?」
こんな変人とリルはどこで知り合ったのだろう。首を傾げていると、リルが答えるよりも早く、
「いい男じゃないの! ダータン、大興奮だわ」
と言って、ダータンがガイの手を掴み、握手をしてきた。距離が近すぎる。思わず後ずさりした瞬間、ダータンはすっとガイの横を通り抜けた。
「え……?」
気が付くと手に持っていた薬のケースを取られていた。
「なんてね」
目の前にいるダータンは、舌を出して、大切そうに薬のケースを抱えている。
「な、何をする! 薬を返せ!」
時間差で薬を取られたことに気づいたガイは剣を抜いて、ダータンに切りかかった。しかし、ダータンはなんなくかわし、
「バレちゃったから、引き揚げるわ。またね」
とご機嫌で自分の黒毛の馬にまたがると、煙幕を投げて、レグールの方向へ消えていった。
「待ちなさい!」
リルが威勢よく言い返してくれた時にはもうすでにダータンの姿はなかった。
「みんなに合わせる顔がないな。これじゃ」
人の物を盗むなんて、常識ではありえない。ザルク村もフローディアの心優しい人ばかりで、物を盗られる心配なんてしたこともなかった。しかし、世の中には色々な人がいるらしい。ガイはがっくりと肩を落とした。
「手分けして探そうよ。ダータンの家は、レグール市内なんだ。仕事仲間だから、場所は知っているよ」
リルがそんなガイを一生懸命励ます。じゃあ、あの男はティザーナ王国の王国軍に所属する男なのか。ますます常識を疑う。
「リル……」
半泣きでじっと見つめると、
「だから、そんなに落ち込まないで。……ね?」
にこりと笑ってくれた。ガイを元気づけようとして必死なのだろう。愛くるしいその笑顔になんだか心癒された。
「そうだな。よし。ダータンを探そう」
こうしてはいられない。ガイもできる限りのことをしなければ。
「時間もないし、二手に分かれない?」
ガイが復活してきたのを見計らって、リルが提案してきた。
「なるほど」
確かにそれは名案だ。一週間という期日を守るためにも、ここに長々と滞在しない方がいい。リルはガイが乗り気であると察すると、リルはどんどん話を続けていく。
「とりあえず、ガイはアラン・フォスター先生の家で事情を話してきて。私はダータンを探してみるから」
いくらリルがティザーナ王国で選りすぐりの剣の使い手といっても、男の家に行かせるのは心配だ。リルはけろりとしているが、ガイは気が気ではなかった。
「了解。でも、気をつけろよ。もし、何かあったら……」
自分を呼べよと言う前に、
「大丈夫だよ。ちゃんと帰ってくるから」
きっぱりとリルに遮られる。こうなるとリルの凛とした瞳を信じる以外にガイのなすすべはなかった。
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