第19話 幸運の花たち
洞窟を出て、山道をどんどん上がっていく。洞窟を出た時には真っ青な顔をしていたが、根気強く話しかけているうちにリルの顔に赤みが戻ってきた。連れてくるべきではなかったかとも思ったが、元気になってきたようでひと安心だ。ガイはほっと胸をなでおろした。
リルは体力には自信があるらしく、山道をすたすたと歩いて行く。このままでは、ガイの方が先にばててしまいそうだった。
「俺の母親は村長の親戚なんだ。だから、村長の家の敷地にお墓があるんだよ」
丘の上にあるガイの母親の墓。あの黒いローブの男女はいつの間にタイジュとマリーが親戚であることを突き止めたのだろう。それは今でもガイの中で七不思議となっている。
「そうなんですね」
息を切らしているガイに対して、リルの呼吸は全く乱れていない。さすがはレイズが見張りとして送った剣客だけのことはある。
「よし。着いたぞ」
ようやく開けたところに着いた。墓参りも大事だが、それよりもこの景色をリルに見せることの方が今のガイにとっては大事だった。
「わあ……きれい……」
小さくて丸っこい白い花が野原一面に咲き誇る。ラティオいわく、
「あの景色を見て、表情を変えない女はいないですよ」
とのことだったが、まさにその通りだったらしい。ガラス玉のようだったリルの瞳が輝きを取り戻し、きらきらとしていた。
「幸運の花っていうんだ。この島ではここにしか咲いていない花でさ、この景色を見た人のところに幸せが訪れる」
リルの愛くるしい反応にどきどきとしていたが、平静を装って得意げにリルに説明していく。リルは興味深そうに聞いてくれた。そして、
「幸運の花……すてきなお花ですね」
にこりとガイに笑いかけてくれたのである。思っていた通り、天使のような笑顔だ。
「ようやく笑ってくれたな」
喜びを隠しきれず、つい本音を喋ってしまった。
「え?」
リルが驚いて、大きな瞳をさらに大きくしてガイを見つめる。ますます心臓の鼓動が速くなっていった。
「話しかけても怖い顔しているからさ、どうしても笑顔にしたかったんだよ」
ここまで来たら、正直に話した方がいい。ガイは開き直って素直に自供し始めた。
「そう……だったのですか……」
リルが照れているのか顔を赤らめて下を向く。この照れている表情もまたかわいらしい。思わずじっと見つめてしまった。
「もう。そんなに見ないでくださいよ」
さらに顔を真っ赤にして今度はそっぽを向く。
「悪かったって」
リルがそっぽを向いている間にガイは幸運の花を摘んでちまちまと花冠を作り始めた。不器用そうに見えるが、実は手先は器用な方なのだ。あっという間に花冠は出来上がった。
「ほら。機嫌直せよ」
そう言って、花冠をリルの頭に乗せてやった。
「何するんですか……」
花冠の感触を感じたリルが頭に手を置いて、はっと息を飲む。
「すごい……」
花冠を手に取るとまじまじと見つめ始めた。よほどもの珍しいのだろう。花冠が……というよりは花冠を作る男が……かもしれないが。
「村の習わしで墓参りの時に墓にかけることになっているんだ。お袋の墓にかけてやってくれるか?」
リルが花冠を持って固まった。
「私が……ですか?」
なんだか動揺しているらしい。状況がよくつかめていないようだ。
「リルだから、頼んでいるんだよ」
まだ恋人でもないのに、母親にも紹介しないと……とガイは張り切っていた。
「オーウェン様……」
そう呼ばれるとなんだかかしこまった気分になる。ガイは思い切ってリルに切り出した。
「ガイでいいよ。敬語じゃなくていい」
その方が恋人っぽいし……と思っていたが、まだ心の引き出しの中にしまっておく。
「でも……」
「その方が気楽でいいんだ。これから一緒に旅をするんだからさ」
「はい」
リルが嬉しそうに笑って頷く。再びガイの胸はどきどきと音を立て始めたのだった。
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