第18話 過去から未来へ

 今は牢屋を引き揚げているから、ただの空っぽの空間なのに、生々しい記憶が蘇ってしまった。つくづく嫌な場所だと思う。

「リル……?」

 名前を呼ばれて振り返る。色々と思い出してしまって、ヒカリダケを採るのをすっかり忘れていた。

「す、すみません……まだ全然採れていなくて……」

 なんて言い訳したらいいのかわからなくて、思わずうろたえる。

「出ようか」

 ガイが両手で抱えるようにして持つ大きなかごの中には、いつの間にかヒカリダケがたくさん入っていた。罪人たちを明るく照らす希望の光……その光は、明るいガイをさらに輝かせているように見えた。

「はい」

 ガイとヒカリダケの組み合わせは、あまりにもまぶしくて直視できなかった。だから、下を向いて、答えたのだった。


 嘆きの洞窟の外に出ても、リルはまだ生きた心地がしなかったが、ガイは、キノコがたくさん採れたせいかどこかうきうきとしていた。

「いったん帰って休まなくていいか?」

 そんなうきうきした顔でリルの顔を覗き込む。

「大丈夫です。気にしないでくださいと言ったでしょう?」

 気を使っているのかもしれないが、それはお節介というものだ。やめてほしい。

「なんか心配だなあ……」

「放っておいてください!」

 あまりにもしつこいので、リルの口調はついきつくなった。しかし、

「さては、嘆きの洞窟で幽霊を見たんだな?」

 ガイは少年のような無邪気な目をして、にやりと笑う。

「そ、そんなことは……」

 予想外の答えが返ってきてこちらが焦る。

「珍しい話じゃないさ。だから、みんな嫌がるんだし」

 ガイはリルが焦っているのなんて全く気にも止めず、1人で勝手に納得していた。

「本当ですか?」

 いつも笑顔のガイが声を潜めて真顔で言うものだから、思わず尋ねてしまった。

「ああ。俺は霊感ないから、感じたこともないけど。処刑される前の将軍を見たとか絶望にうちひしがれている家族を見たとか処刑する人が泣くのを見たとかな。いろんな話があるぞ」

「へえ……」

 尋ねた自分がばかだった。へらへらと笑っているガイにあんな恐ろしいものが察知できるわけないか。憎しみも悲しみもきっと無縁だろう。ガイへの軽蔑の気持ちが強まる。しかし、

「まあ、そんな残酷なことが起きてしまったことは残念だけど、今さらどうしようもできないんだ。俺たちにできるのは、前を向いて生きることだけだ。もう二度と悲劇が起きないように」

 過去のことで悶々としていたリルは、雷が落ちたような衝撃を受けた。大切な人が殺されたら、その家族や恋人が仇討ちを試みる。そして、殺されればまたその人の仲間が仇討ちを試みる。憎悪の輪は、いつまでも途切れることはない。それを受け止めて、前向きに生きて、悲劇が起きないようにするとさらっと言う。優しい表情で、穏やかな声で。きれいごとを言っているように聞こえるが、その言葉は、なぜか現実味を帯びていて、妙な重みがあった。

「そうですね」

 混沌の闇の中に温かい光が差し込んだような……そんな感じがした。

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