第17話 嘆きの洞窟
嘆きの洞窟の一番底にあたる場所。ティザーナ王国とフローアン王国の国境だ。
1番底まで行けば見張りの目をかいくぐって国境を越えることができる場所でもある。人目につきにくいというその特性を生かし、レイズはフローアンとの小競り合いで負けるたびに大昔の先例にならって檻を隙間なく並べ、牢獄として使用していた。その中では、戦争で負けたにも関わらず、生き残った幹部の兵士が捕らわれていたのだ。
「助けてくれ」
大きな男が檻にしがみついて、見張りのリルに訴えかける。
「それはできません」
これは暗殺者になる前の訓練の一環である。一介の処刑人であるリルに捕らえた兵士を解放する権利はない。
「なんでだよ! 俺たちは国のために戦ったんだ! レイズの野郎はなんだと思ってやがる!」
男は、がんがんと檻を叩いて大きな音を立てた。
「あなたがたがフローアンに負けたということには変わりありません。指揮系統がめちゃくちゃだったという報告が入っております」
しかし、リルは動じない。たとえこの檻を壊されようとも、剣の腕に関しては自信がある。いざとなれば、切ればいい。ただ、それだけだ。
「てめえ……!」
怒鳴られても、リルは痛くもかゆくもない。この道に入ってしまった自分が生き残るためには、常に無であることを求められるのだ。それにはもう慣れた。
「ウォン!」
そこに金髪の女が入ってきた。頭に大きなリボンをつけて、フリルのついた派手なドレスを着ていたと思う。ふくよかな体型をしている。恐らく富裕層の娘だ。さぞかしぬくぬくと暮らしてきたのだろう。
「ノエル!」
どうやらこの2人は恋人同士らしい。こちらは生きるだけで精いっぱいだというのに、こいつらは……見ているだけで腹立たしい。
「部外者はお引き取り願えますか?」
淡々とした口調で女に詰め寄る。すっかり2人の世界に入っていた女はリルを見るとはっと我に返った。
「処刑される……なんて……嘘よね?」
うるんだ瞳でリルの方を見る。女の涙は嫌いだ。
「嘘ではありません。そのために私たちはここにいるのです」
それで解決するとでも思ったか。世の中はそんなに甘くない。すると、
「ねえ! ここからあの人を出してよ!」
リルの喉元をつかんで金切り声で訴えかけてきた。
「だから……できないと言っているでしょう?」
感情的になっている女に感情的に言い返したところできりがない。淡々と冷静に言い返した。しかし、女は引き下がらない。
「なんでよ!……なん……!」
ああ……うっとうしい。そう思った時には、体が勝手に動いて、剣を抜き、女の急所を貫いていた。
「ノエル!」
男が真っ青な顔になっている。
「邪魔な者は排除するだけです。それが私たちの仕事。おとなしくしていなさい」
それがこの仕事についたものの宿命なのだ。家族に囲まれて、友人に慕われて……そんな温かい生活をしてきた人たちにわかってたまるものか。
「てめえには、心ってもんがないのかよ!」
男は持てる限りの憎しみの感情をむき出しにして、リルに捨て台詞を吐いた。
「心……か。どこかに置いてきましたよ。そんな……生きていくのに役立たないもの」
捨て台詞には捨て台詞で返してやる。結果を求めて合理的に生きていくのに感情なんていらない。結果が生き残るための全てなのだから。
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