第16話 希望の光

 一本道を突き進むと、ごつごつした岩に穴が開いているところがあった。

「ここだ」

 ガイと一緒に穴の奥を覗き込む。まだ中に入ってもいないのに、冷たく湿った風を感じた。

「へえ……」

 なんでもないその風が吹けば吹くほど、死んでも死にきれなかった人々が嘆いているかのような音に聞こえる。ここにまた入ることになるとは思わなかった。

「待っていてもいいんだぞ?」

 思わず尻込みをしたリルにガイが優しく声をかける。

「大丈夫です。気にしないでください」

 悟られるわけにはいかない。リルは気丈に振る舞った。

「ぬかるんでいるから、足元に気をつけろよ」

 ガイは不審そうにリルを見ていたが、あきらめたのか中に入っていった。下りれば下りるほど、嘆きの洞窟はじめじめと薄暗くなっていった。もう太陽の光はうっすらとしか届かない。

「ここですか?」

 キノコとはいえ、こんなところに生えていただろうか。リルの記憶にキノコはなかった。

「そうだ。この洞窟の底に生えている」

 ガイは少年のような目で、意気揚々と話してくれた。

「いつ来ても気味が悪いところですね」

 そりゃあ、そうか。ここで何人、いや何十人……もしくはそれ以上の人が殺されているのだから。

「え?」

 鈍感なガイがさすがに反応した。まずい。感傷に浸るのもほどほどにしなければ。

「な、なんでもありません。行きましょう」

3年前の初仕事の場所だ。あの時も戦犯が処刑された。フローアンに負けて、幹部が殺された。その一端をリルも担ったのだ。

「ヒカリダケは希少で見つけにくいんだ。岩影とかに隠れて生えているからさ」

 薄暗くてひんやりとした洞窟をガイは気にすることなく、どんどん進んでいく。明かりがな弱弱しくてもなんとか足元は見えるが、やはり薄気味悪い。

「詳しいのですね」

 こんなに寒いのに、いつの間にか冷や汗までかいている。それでもなんとか平静を装っていた。

「この洞窟は、村の人は近寄らないんだけど、お袋は研究熱心だったからなあ。どうしてもヒカリダケが必要だって言って、ここまで俺を連れてきていたんだ」

 ガイがぽつりぽつりと昔話をしていく。家族との思い出……孤児のリルには何もないからなんだか羨ましい。

「たくましいお母様ですね」

「田舎の豪農の生まれだから、抵抗がなかったんだろうさ。親父はそれなりの身分の人だったらしいけど、俺が小さいときに亡くなったからよく覚えてないんだ」

「へえ……」

 レイズの話となんとなく一致する。ただ、紋章が確かめられない限り、同一人物だと断言はできないが。

「リルの両親は?」

 考え込んでいると、ガイが急に話を振ってきた。

「私は……」

 ガイみたいに話すことなんて何もない。人の心にずかずかと土足で上がり込むなと言いたかったが、なんとか踏みとどまった。

「そっか。言いたくないならいいよ。へんなこと聞いて悪かったな」

 ガイは、意外とあっさりと引き下がった。何かよからぬオーラでも出していただろうか。本当にすまなそうな顔をしていた。

「すみません……」

 なんだかこちらの方が悪いことをしたみたいだ。思わず謝ってしまった。

「謝ることはないよ。俺が悪いんだし」

ガイは、けろっと言いながら、ずんずん奥へと入っていく。この道を罪人と一緒に歩いたのだと思うと、息が詰まりそうになった。

「おお。あったぞ」

 急にガイが歓喜の声を上げて立ち止まった。目線の先には青白く光る大きな傘をしたきのこが生えている。万能薬になるとは思えないほど、毒々しい見た目だ。

「名前の通り、光っているのですね」

 ヒカリダケの周りだけ少し明るい。なんだか触るのが気持ち悪いが、ガイはしゃがみ込むと慣れた手つきで採集した。

「ああ。罪人たちを明るく照らす希望の光とも言われているんだ」

「希望の光……」

 3年前も照らしていたのだろうか。ここで。今日と同じように……。考えれば考えるほど、初仕事の記憶が蘇っていく。だんだん気分が悪くなってきた。しかし、

「これをできるだけ多く採って帰ろう」

 ガイは、思い出のキノコを手にして元気いっぱいだ。なんで、こんな薄気味悪い洞窟でいつも通り笑っていられるのだろう。やはりついてくるべきではなかったか。

「分かれた方がたくさん採れそうですね。私はあちら側に行ってみます」

 ただ、ここで引き返すのもなんだか悔しい。ガイに悟られないように別行動を提案した。「……じゃあ、頼んだぞ」

「はい」

 ガイは何か言いたそうだった。でも、リルはくるりと背を向けて、さらに奥へと歩き出したのだった。

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