第14話 村長

 再会が嬉しいのはわかるが、もう少し静かにできないのか。いくら近所との間隔が離れているとはいえ、村中響き渡るような声で話すからリルが恥ずかしくなってくる。テンションの高いガイとラティオに渋々ついていき、教会からさらに坂を上っていくと、かわいらしい煙突がついた赤い屋根の家が見えてきた。

「じいちゃん、ただいま」

 村長の家の扉をラティオが勢いよく開ける。すると、

「おお。ラティオか……ん?」

 リビングの大きな木の机でのんびりと本を読んでいた老人が顔を上げた。

「ご無沙汰しております。村長」

 ガイがにこやかに挨拶をした。どうやらこの立派な白いあご髭を蓄えた老人が村長らしい。

「久しぶりじゃのう。立派になったもんじゃ」

 老人がにっこりと微笑む。なんだか時が止まったかのような光景だ。リルには無縁の出来事だ。そう思いながら、遠目に見ていた。すると、

「緊張しなくともよい。わしは、このザルク村の村長をしておるタイジュ・ハーグじゃ」

 タイジュがリルを見て、にっこりと微笑んだ。まるで昔からの知り合いのように。

「初めまして。リル・アーノルドと申します」

 当たり障りなく挨拶をする。タイジュは、首をかしげて、じっとリルを見つめている。そして、ゆっくりと口を開くと、

「おや……その燃えるような赤い切れ長の大きな瞳……どこかで見覚えがあるのう……」

 と言い出したのだった。

「え?」

 なぜそう思うのだろう。

「そうじゃ……確か20年くらい前じゃった。お前さんのような女が訪ねてきたのじゃ。一晩泊めてくれと言ってのう。翌日にわしが起きた時には姿を消しておったから、ずっと夢だと思っていたのじゃ……」

 タイジュは昔のことについてぽつりぽつりと語ってくれた。

「訪ねてきた?」

 リルには思い当たる節は何もない。いったいその人物とは誰だったのだろう。

「うむ。リルよ。フローアンに知り合いはおらぬか?」

 タイジュが疑問を投げかける。しかし、

「いえ。私は、ティザーニアで生まれ育ちましたから、フローアンに知り合いはおりません」

 やはり心当たりはなかった。切り捨てるようだが、はっきり答えるしかない。

「そうか。やっぱり……わしの気のせいかの」

 タイジュは腑に落ちないという顔をしていたが、リルに言われてもどうしようもない。ちょっと気になるが、何も聞かなかったことにした。

「ほら。ラティオ。ご客人にお茶を出さんか」

 リルが割り切っている間に、タイジュは次の話題に移っている。言いつけられたラティオは、

「了解。レモンティーでいいですか?」

 エプロンをつけて、てきぱきと動く。そして、

「ありがとうございます」

 というリルの声を聞くと台所の方へ去っていった。

「ところで、村長。お願いがあるのですが」

 だいぶ落ち着いてきたと思ったのかガイがようやく口を開いた。

「なんじゃ?」

「今日は命日ですから、母の墓参りに行きたいのです。墓地に入ってもよろしいでしょうか?」

 口を開いたかと思えば、墓参り……だと……? この男は、いったいどこまでのんきに寄り道していくつもりだろう。

「構わんぞ。マリーも喜ぶじゃろうて」

 それを聞いたタイジュは目を細めてにこにこと微笑む。

「ありがとうございます」

 ガイもにこりと微笑む。なんだかほのぼのとした空間だ。慣れていないリルには、違和感しかない。この世界には、こんな心安らぐところがあったのか。リルにとっては、世紀の大発見だった。

「そうじゃ。ついでにこちらも頼みがあるのじゃ」

 にこにことしていたタイジュの表情が急に険しくなる。

「なんでしょう?」

 ただならぬ雰囲気を感じる。それは、能天気なガイもわかったらしい。

「この万能薬は知っておるの?」

 タイジュはそう言うと、ポケットから手のひらに乗るくらいの小さな小瓶を取り出した。澄んだ水色をした液体が入っている。

「ええ。お袋が開発したものでしょう?」

「そうじゃ。色々な意味でうちの村の生命線でもある」

「ザルク村の人だけでなく、噂を聞きつけた近隣の地域の人も買っていましたからね」

「うむ。わしの敷地内にあるマリーの自宅兼研究所で作っておったのじゃが……この前、山火事に遭ってのう、材料が燃えてなくなってしまったのじゃ……」

 タイジュがうつむいて、がっくりと肩を落とす。

「ええ!? それじゃ、薬が作れないじゃないですか!」

 それを聞いたガイの表情が一変した。確かに気の毒な話だが、燃えたものを蘇らせることはできない。諦める方が賢明だとリルは冷めた気持ちでそのやり取りを聞いていた。しかし、

「うむ……他のものはなんとかなったが、ヒカリダケがどうしても手に入らん。嘆きの洞窟に入るのを皆、嫌がるのじゃ」

 つい反応してしまった。

「嘆きの洞窟……ですか」

 忘れるわけもない。あの洞窟はリルの初仕事の場所なのだ。

「知っているのか?」

 ガイに尋ねられてはっと口を押える。しまった。自分のことを話すつもりはないのに。

「……はい。国境で戦争が起きるたび、戦犯が捕らえられ、惨殺されていたところだと聞いております」

 慌てて、取り繕う。それに加担していたなんて口が裂けても言えない。

「そうそう。それで、昼でも薄気味悪いんだよ。怨念みたいなのが染み付いているんだろうな」

 ガイはリルの動揺に気づいていないらしく、そのまま会話は途切れることなく続いた。

「うむ。できれば立ち入り禁止のままとしたいところじゃが、わしの旧友であるアラン・フォスターに頼まれてしまってのう。なんとしてでも作りたい」

「なるほど」

「墓地に行くまでにあそこを通るであろう? 申し訳ないのじゃが、ついでにヒカリダケを採ってきてはもらえぬか? ガイは見つけるの、得意じゃろう?」

 タイジュがちらりとガイを見る。

「はい。任せてください」

 任せてください……ということは、リルもついていかざるをえない。

「私も行きます」

「え?」

「ここで待っていても仕方がありませんから」

 嘆きの洞窟に行くよりもこんな違和感しかないほのぼのとした空間に置いてけぼりを食らう方がリルは嫌だった。自分の生き方を全否定されるようで、いたたまれない気持ちになる。

「そうか。それは心強い」

 ガイは満面の笑みだ。行きたくはないが、逃げられても困る。そう言い聞かせて、しぶしぶ頷いたのだった。


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