第9話 次の試合まで

 ティザーナ王国の城は、街から少し離れた丘の上に建っている。1年中ひんやりとしていて、庭といっても芝生が整えられているだけのシンプルな造りだ。その中でも裏庭は、森との境目にあり、特に人目に付きにくい場所にある。そんなだだっ広い裏庭で、いつものようにリルの剣とリュクスの剣が激しくぶつかり合う。どちらも一歩も譲らないまま試合はしばらく続いたが、だんだんリルの方が優勢となり、リュクスの剣を弾き飛ばした。今日もやっぱりリルの勝ちだ。

「私の勝ち!」

 幼い頃からリルが連戦連勝だ。それがリュクスは悔しいようだが、リルも負けず嫌いだから、訓練は欠かさない。よって、今までずっとリルが勝ち続けているのである。

「……全く。相変わらず強いわね。あのファナック先生が嫁に来いって言うわけだわ」

 イルマ・ファナックはリルより10歳ほど年上だった。実家は名の知れた商家らしいが、18歳で家を出て以来、ティザーニアで身分を問わず才能ある子どもに剣術の指導をしていた。

「な、なんで知っているの!」

レイズから声がかかった時、リルは悩んでいた。それはイルマも同じだったようで、稽古の後に呼ばれ、妻になってくれと言われた。

「それでショックを受けて、故郷に帰ったって話よ。なんで嫁に行かなかったのよ」

リュクスが不満げな顔をする。確かにあの時、嫁になっていれば、人を殺めるような仕事はしていなかった。でも、

「……急に言われても……そういう風に思えなかったんだ……」

悪い人ではなかった。リルはあくまでも先生として慕っていたのだ。恋愛感情はなかった。イルマは、1人の女として見ていたと言い、訓練所で急に抱きしめてきたが、正直なところだったのだろう。何か思いつめていたようにも見えた。

「まあ、素直じゃない人だったから、結婚してもうまくはいってないかもね。あなたと性格が似すぎているもの」

自分から話題を振ったくせに、リュクスはどうでもよさそうだ。

「そうだね」

 昔の話だ。どちらにせよこの選択に後悔はなかった。

「足を洗う気はないの?」

 リュクスが次の疑問を投げかける。

「ない……かな」

 今となっては洗えないというのが実情だ。もう二度と普通の生活はできないだろう。

「そう……」

 リュクスが心なしか寂しそうな顔をした。そして、ため息をつくと、

「……なら、さっさと任務を終えて、生きて帰ってきなさいよ」

 リルにはっきりと言い切った。

「うん」

 もちろん、リルだって死ぬつもりはさらさらない。

「そして、私とまた勝負しましょう」

 リュクスが剣を腰にある鞘しまい、リルに微笑みかける。

「そうだね」

リルも剣を腰にある鞘にしまって、微笑みかけた。お互いしばらくは忙しくなりそうだ。リュクスはスノーヴァ支部での警護、リルはガイ・オーウェンという男との旅で。人間相手で時には自分の感情を殺して理性に従って生きなければならない生活がまた始まる。しかし、そうでなければ生きていけない。剣の試合ができるその日まで任務を全うしなければならないのだ。

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