第7話 生きるためなら
のんきな笑みを浮かべる人だ。見ていると、なんだかいらいらする。それがリルのガイに対する第一印象だった。
身長は並の男より大きいだろう。鍛えているのか全体的に引き締まった体つきだ。整った顔立ちで立っていると威圧感があるが、喋ると温和で人懐こい。警戒心がまるで感じられないのだ。本当にこんな男が20年前に行方不明になっていた王子なのか。疑問が残る。
レイズは、自分の兄が大嫌いだった。血を分けた兄弟なのに、何もかも正反対で折が合わず、議場で何度も激しい口論になっていたらしい。だから、殺したのだ。そんな情報は、レイズに15歳で雇われ、ティザーニア城で3年目を迎えようとしているリルの耳にも入っていた。
そんなある日、リルは、レイズの部屋に呼ばれた。そして、
「ガイ・オーウェンという男を知っていますか? サーシャの側近の」
と唐突に尋ねられたのだった。
「名前を聞いたことはあります」
若くして、フローアン王国の女王の側近になった男だ。年齢はリルより5つ年上だったと思う。頭がよく、サーシャから信頼を置かれているらしい。そう聞いたことがある。その男をリルにどうしろというのか。不思議そうな顔をしているリルにレイズは続ける。
「あの男は、恐らく、私の兄の息子です」
つまり、レイズが憎む男の子ども……ということなのか。しかし、
「20年前に行方不明になっていた王子ということですか?」
どうして今さらずっとわからなかった王子の行方がわかったのだろう。
「その通りです。1か月前、国境に攻め込んだ時に見かけましてね。確信はありませんが」
レイズは、淡々とリルに語る。相手が誰であろうと丁寧語を使うその語り口は、いつでも一本調子だ。慣れていなければ、何を考えているのかわからない。でも、15歳の時からレイズに仕え、わずか3年でその信頼を勝ち得たリルにはわかる。
「私にその男を殺せとおっしゃるのですね?」
任務さえちゃんと全うすれば、生き延びられる。それがリルたち暗殺者の理だ。
「ご名答。ただし、ガイ・オーウェンがガーウィン・メナードであることを確かめてから……で構いません。サーシャの側近である男を理由なく殺すと、面倒なことになりますから」
レイズは、ぞっとするような冷ややかな笑みをリルに向けた。
「かしこまりました」
それでもリルは怯まない。怯んだら負けだ。任務にも失敗する。任務に失敗するということは、レイズにとって用がないも同然だ。存在を消されてしまう。レイズの手でじわじわと戒められて。リルもそんな同業者をたくさん見てきた。
「さすが。仕事ができる女性は、話が早いですね」
大丈夫だ。レイズは、自分のことを買ってくれている。だから、
「必ずお役に立ってみせます」
リルはそつなく答えた。
「それでは頼みましたよ」
どうやら話は終わりらしい。リルは静かに一礼し、その任務を承ったのだった。
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