第4話 20年前……
20年前。ガイの父親でティザーナ王国の国王だったリビエラ・メナードとその妻であるマリーは、当時3歳だったガイを連れて、フローアン王国に表敬訪問に行った。その帰り道のことだった。乗っていた馬車のタイヤが外れて森の木にぶつかって止まったのである。周りの木々に止まっていた鳥たちがびっくりしてみんな飛び立ってしまうくらいの衝撃だった。しかし、幸い中に乗っていたガイたちにけがはなかった。
「なんだ?」
リビエラは、異変を感じ、外に出て、御者に尋ねようとした。しかし、リビエラが外に出た時は、御者も馬もすでに亡き者になっていたらしく、会話は聞こえてこなかった。その時、
「あんたがリビエラかい?」
見下しているような意地悪い女の声が馬車の中まで響いてきた。
「母上……」
馬車の中で幼いガイはぶるぶると震えていた。
「静かにしなさい」
マリーが怯えるガイをぎゅっと抱きしめる。2人は、そのまま静かに馬車の外の音に耳を澄ませていた。
「誰だ?」
恐ろしい敵と対峙しているだろうに、リビエラの声はいたって冷静だった。
「あたしたちゃね、あんたの弟のレイズ様に雇われたんだよ。あんたを殺せってね」
しかし、リビエラもここまでだった。うめき声らしきものが聞こえたかと思うと、倒れる音が馬車の外から聞こえた。
「父上……!」
ガイはいてもたってもいられず、マリーの静止を振り払って、馬車の外に出た。すると、そこには血まみれになり、変わり果てた姿で倒れているリビエラがいた。ショックが大きすぎて声も出ない。
「おや。これは王子様じゃないか」
はっとして顔を上げると、赤毛の長い髪を1つにまとめた女がガイを嬉々として見ていた。
「かわいい坊やだな。この天下の大盗賊団・赤い天馬に加えてやってもいいぜ」
野盗たちは10人くらいいただろうか。慌ててマリーが馬車から飛び出してきて、むさくるしい男たちとガイの間に入った。
「この子だけは、助けてもらえませんか?」
マリーは、なかなか肝のすわった女で、大男たちを見てもいっさい動じなかった。しかし、野盗たちは、そんなマリーをあざ笑う。
「何を言っているんだい? 王妃様。見逃すわけがないだろ? こんな大きな獲物をよう」
女が体の半分はあるであろう大きくて太い剣を構え、マリーに突進してきた。その時だった。木の上から黒い人影が軽やかに下りてきたのだ。
「な……」
10人もいた野盗たちが次々と切り倒されていく。一瞬の出来事でガイは理解できなかった。
「マリー様。こちらへ」
黒いローブを着ている人物が気づくと目の前に立っていた。抑揚のない男の声だ。顔は見えないが、声に張りがある。恐らく、まだ若い。
「どうして、私のことを……?」
マリーが相変わらず震えているガイを抱きしめたまま、問い返した。
「ザルク村にあなたの親戚がいると聞いております。行きましょう」
背後から現れた別の黒いローブの人物が答える。ガイはびっくりして心臓が止まりそうになった。こちらは女の声だ。やはり淡々とした口調である。
「は……はい……」
これは罠なのだろうか。マリーは迷っているように見えた。でも、2人だけ取り残されてしまった今となっては、この怪しい人物についていくしかなかった。
半信半疑ではあったが、黒いローブの男女は、ちゃんとマリーとガイを護衛して、ザルク村の門まで送ってくれた。幼いガイでも歩いて5分くらいの距離だった。
「ありがとうございました。ここまで来れば大丈夫です。なんとお礼申し上げればよいか……」
マリーは泣きながら、何度も何度も男女にお礼を言った。
「いえ。リビエラ様をお助けできず、大変申し訳ございません」
男が深々と頭を下げる。相変わらずローブで顔は見えない。いったいどんな思いでガイたちを助けたのだろう。
「夫のことは残念ですが、私たちは生きています。生きている限り希望はあります」
マリーは涙をぬぐうと、じっとガイを見つめた。それが何を意味するのか幼いガイにはまだよくわかっていなかった。
「あなたは強い人ですね」
女はひざまずいて、ガイに目線を合わせた。そして、
「あなたはティザーナ王国の国王となるべき存在です。どうかティザーナ王国を救ってください」
意味深なことを言った。
「国王……? 救う……?」
ガイにはもちろん何のことやら理解できない。不思議そうな顔をしてたどたどしく問い返すガイを見て、女がくすりと笑った。
「約束ですよ」
何がおかしいのかと思って、むっとして頬を膨らませる。女は、さらに笑いながら、ガイに自分の右手を差し出した。今にも消えてしまいそうなか弱い白い手だったが、握ってみると力強さがあった。その女の顔は全く覚えていないが、それだけは今も昨日のことのように思い出せるのだった。
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