ミッドナイトレイン
琴月
残り香
こんな醜い感情、君には見せられない。コンクリートで固めて、夜の海に投げ捨てよう。
水しぶきに移った面影が頬を濡らす。拭う仕草に嫌気がさしてポケットから煙草を取り出した。パッケージに書かれた英語と警告文がアンバランス。格好良さは感じない。ずっしりとした重みがある君の遺品を片手で弄ぶ。
一本目、揺れる火。
五分間の弔い。肺が取り入れた黒い毒は、君の味がした。蓋を開け閉めして飛び散る火花、私がむせて咳き込む。
潮の香りに負けない強い刺激臭。嫌悪していたはずが、今では好んで纏っている。「全部諦めるほど、心酔していなかった」と負け犬の遠吠え。
私独りでくだらない言葉遊びはつまらない。
二本目、行き場が無い。
君との身長差を埋めるため、無理をして履いたハイヒール。今ではもうよろけて転ぶことはなくなった。それでも、靴擦れを起こすのは変わらない。君の手が差し伸ばされるのを期待している。
逃げ道は完全に包囲されていた。
三本目、灰になって逝く。
にゃんにゃんと野良猫のフリをしたはぐれ花。俯いた人に元気など与えられるはずないし、前を向く人は気付かず踏み躙る。
私は腰を屈めて指先で数回つつき、摘んで供え物にした。そのとき、持ち上がったスカート。青白い脚が別人のようで不快に思った。
四本目、震えて落ちる。
高いビルの間にあるこの街は牢獄だ。隙間に体を滑らせて、切り取られた世界を眺める。視界の隅に眠らない電光掲示板があるから、何も淋しくはない。夏の茹だりきった戯言。誰もが冗談だと信じて疑わない。
無機質な壁に傷んだ髪の毛をあずけて宙を彷徨う。私には掃き溜めがお似合いだ。
五本目、風で吹き飛ぶ。
カメラのシャッター音が広がる。透けないレンズ越しの私に価値なんてない。
ノイズ混じりの慟哭。瓶ごとアルコールを喰らっても酔えない。中途半端に堕落した人生。ワンナイトに溺れるほど落ちぶれたら、生きやすいのだろうか。
六本目、噛み締める。
君が私を所有しているなによりの証拠。
薬の指にぴったりとはまる銀色は、主張が激しいので隠してしまった。鎖のように首からぶら下げた独占欲。私は君を絶対に手放したりしない。自分で首を絞めて笑ってみせよう。不揃いの想い出を両の耳に埋め込んで、君の傷を遺したまま。
七本目、赤に染まる。
伸びた爪が食い込む。握り締めた拳で初めて物に八つ当たりをした。加減せずに振り下ろしたから、じんじんと痺れ燃えるように熱い。どくどくと煩わしい心臓。
骨折していたら、言い訳の材料として利用しよう。遠くに感じるステージの上で愛とやらを歌ってやるのだ。
きっと今の私は、人に見せられる顔をしていないだろう。
八本目、深く吸う。
君は自由を奪う枷が必要だと言った。それなのに、私に繋がれてくれなかった。束縛なんて苦しいだけ。私を地上に引きずり落としたくせに、君は無責任だ。
終着点は同じだった。スピードが違っただけ。私にもいずれ君と同じ終わりが訪れる。そう信じれば報われる。未開封の天国に用はない。
隣の温度が消えないように、自作自演を続けている。
九本目、吹きかける。
パスワードを忘れて、ログアウトができない。小馬鹿にした亡霊が、斜に構えた態度で一歩後ろに下がる。暴論で捩じ伏せた後悔。開発が進む欠けた月が薄ぼんやりと光る。流行りのラブソングには、まだなりたくない。
十本目、シガーキスを待つ。
くしゃくしゃに握り潰した箱を乱雑に鞄に押し込む。これで最後とあと何回繰り返すのだろう。時間も金も命も浪費している自覚はある。平気な顔をして歩む明日を奪う術はないのだから、それでいい。
生き急いで、早く終わってしまえ。
ミッドナイトレイン 琴月 @usaginoyume
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