第27話 シャチとベルーガとイルカと
この水族館の醍醐味は、南館と北館の二館に分かれていることで圧倒的な広さを誇っていることだ。
南館の一階から入場し、そのまま三階に上がってから北館への連絡通路を抜け、そのまま階下へと進んでいくのが貰ったパンフレット曰く主要ルートらしい。
エントランスホールである一階を後にし、二階へのエスカレーターに足を踏み込むと、暗澹とライトアップが重なった幻想的な世界に導かれた。
「――あれってシャチ!?すごーい!」
まず目についたのは、全国的に二ヶ所しか見ることができないと大々的に謳うシャチだ。
この水族館の看板魚といっても過言ではない。
大したものだとシャチを眺めていると、みちるが跳ねるように水槽へ向かっていった。
「ち、ちょっと!みっち〜、待ってよ〜!」
「ゆかりも早く〜!ほらほらっ、でっかいよ!」
「……アイツらは別行動でよさそうだな」
彼女を追うゆかりの姿は瞬く間に消えていった。ゆかりも気苦労が絶えないだろうな……。
「あはは〜、みたいですね〜。わたしとしては、そっちの方が嬉しいですけどねっ」
「よかったら3グループに分かれるかしら?みちるちゃんと天草くん、私と悠真くん、岩井さんで」
「それわたしだけグループになってないじゃないですか!?ボッチですよ!?」
「あら、貴方ならそこら辺の男とすぐ仲良くなれるでしょ?」
「ゆうま先輩しか眼中にありませんごめんなさいっ!」
オレを間挟みにして、堂々の告白はオレではなく絢香に対してされた。
好きの告白ではなく、秘密を告白したらしい。今更感が満載だ。
それと、頼むから争いは人目のない場所でやってほしい。
「――悠真くん、行こ!」
「――ゆうま先輩、行きましょ!」
左腕には絢香、右腕には美玲の腕が絡みついた。
両手に花とはこのことを表現するのだろうが、左腕が妙に捩れているのはなぜだろう。ここ最近アザが増えているような気がする。
高校生らしき男ばかりの臭そうな集団から刺々しい視線が向けられた。オレのせいじゃないのに、なんで顰蹙を買われなきゃならないんだ……。
逃げるよう移動すると、次は別の水槽で優雅に泳ぐ白い巨体の魚に視線を釘づけた。
この魚について克明に説明されている台を確認する。
「ベルーガ……別名はシロイルカ、ってことはイルカの仲間なのか?でもイルカの仲間ならもう名前シロイルカでよくねーか?」
「正確にはクジラ目の哺乳類だそうですよ〜」
それ、シロクジラでよくね?
なんて疑問を浮かべていると、美玲は前かがみになって人差し指を唇に当てると、「ふむふむ」と納得したように頷いた。ちょっぴり可愛い、なんて思ったが口には出さなかった。
「北極圏に住んでいるのね、ベルーガって。通りで白いわけね」
「北極に住むと白くなるのか?」
「た、多分……?」
北極=白いを結びつけたのか、曖昧な返事をされる。
意外と博識そうなのに、こういう魚などにはイマイチ関心がないのだろうか。
「……ベルーガって美味しいのかしら」
嘘だ、超関心あったコイツ。興味津々でベルーガのお腹を見つめている。
クジラやシャチは海の王者だというのに、絢香はその上をいくらしい。人間って怖い。
「住野先輩って魚料理好きなんですか〜?」
「ええ、まあね。刺身とか煮付けとか、バリエーション豊富で飽きないし」
「へぇ〜。わたしは断然お肉の方が好きですけどね〜っ」
「そんなだから贅肉がつくのよ、ポークちゃん」
美玲を視界には入れず、ひたすらどう調理するかなんて悩んでそうな目つきで絢香はベルーガを眺めていたが、彼女は知らない。
一瞬、引き攣った美玲の表情を。
あー……なんでこうも違いに油に火を注ぐようなことばかり……。
美玲は平常な顔に戻すと、ボソッと吐き出した。
「魚ばっかり食べてる女って、生臭そうですよね〜。消臭スプレーを常時持参した方がいいんじゃないですかね〜フィッシュ先輩?」
美玲が婉曲な言い方をすると刹那、絢香のこめかみが歪んだ。
「あら、ブーブーって豚の鳴き声が聞こえるのは空耳?静かに小屋に戻った方がいいんじゃないかしら、岩井さん?」
要約すると豚と非難され、目くじらを立てる美玲。
雀の涙ほど遠慮してやることはないという意思が感じ取れた。
「生臭いから、いつも独りなんじゃないですか〜?孤高と孤独の飾りを履き違えたままだと痛いですよ、住野先輩?」
二人のやりとりに鼻摘みし、周囲の人集りは徐々に空いていった。
絢香は痛いところを突かれたのか、曲解して流暢に罵倒を繰り返した。
「それは秀才である私への妬みかしら?やっぱりバカの相手は疲れる――」
「そこまでだっ!」
エスカレートしていく二人の頭部にチョップを入れる。
喋り途中だったからか、舌を噛み痛みに悶絶してしゃがみ込んだ。
「うぅ……わざわざ手を出す必要ないじゃないですかぁ……第一、喧嘩を売ってきたのはその女ですよ!わたし、太ってないのに!平均体重より軽いのに!」
「そこ!そういうところだぞ!美玲の言い分もわかるけど、いちいちムキになるな!絢香も火種を撒くな!」
「ふん――」
「お前がそんな態度を取るならオレは一人で行動するぞ?」
「ごめんなさい……」
腰を上げ、謝る絢香。次いで美玲も「ごめんなさいっ」と謝罪をしてきた。
「ほら、行くぞ。この階にはまだイルカがいるみたいだからな」
やれやれとオレは首をかき、ぶっきら棒に声をかけた。
淀んだ顔つきは晴れ、目を輝かせて二人はオレについてきた。
イルカはメインプールと呼ばれる、館内一の大きい水槽を泳いでいた。さらに言えば、この水槽は日本最大の大きさを誇るらしい。
それでも視認できる頭数は両手で数えれるほどしかいなかったが、一匹一匹がどれも人の図体を超えた大きさをしている。迫力はシャチやベルーガに勝らず劣らずといったところだ。
日本一の称号は伊達ではないらしい。
このメインプール専用に作られた観覧席を利用する。丁度最前列が空き、入れ違いで腰をかけれたのは運が良かった。
「凄いですね〜……」
右側に座る美玲は感嘆の声を漏らしている。
オレはカバンからペットボトルに入ったお茶を飲むと、タイミング良く水槽ガラスのギリギリを泳ぐイルカ2匹が通りすがり目を瞠った。
「あれってカップルなのかしら?」
「そうじゃないですかねっ?わたしもゆうま先輩とあんな風にイチャイチャして、将来的には赤ちゃんを授りたいですっ!」
「――ブッ」
不意打ちすぎて、口の中のお茶を吹いてしまった。
「ゲホッ、ゲホッ……ゴホッ……」
「汚いですよ〜、もうっ。しっかりしてくださいゆうま先輩」
美玲は「仕方ないですね」とハンカチを取り出し渡してきたが――
「お前のせいだろ!」「貴方のせいでしょ!」
オレと絢香はそう怒号した。
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