第26話 噴水と観覧車と海辺と

「やっほー!ゆーまーっ!」


 都市部にある、幾つもの路線が並ぶターミナル駅。集合場所に選択された大きな時計台。ごった返している中、猪が駆けてくる。


「――とりゃー!喰らえッ!」


「お前の行動は想定済みだ!そう何回も易々と喰らってたまるかよ!」


 腕を振りかぶり、オレとの間合いを詰めたと同時に振り下ろされた拳は空を殴った。

 ヒョイっと横に避けたオレは、「おはよ」とゆかりに挨拶する。


「おはよユーマ。住野さんとは一緒じゃないんだ?岩井さんも到着してないみたいだし」


「ああ、ここの近くの喫茶店で朝飯食ってたからさ」


 たたらを踏むみちるはなんとか足を止めて、腑に落ちない表情でこちらに近寄ってきた。


「ふーん?珍しいこともあるものね。それより、ウチのパンチを喰らえッ!」


「そういう気分だったんだよ――って、おい!?背後からはズルいだろ!?」


「奇襲こそが女の持ち味だから!――って、避けんなし!そんな狭量な人間に育てた覚えはない!」


「オレもお前を暴力女に仕立てた記憶はないけどな!」


 再三再四、襲いかかるみちるをゆかりが宥めた。

 ゆかりの言うことはちゃんと聞くのだから、やはり理不尽だ。オレはコイツの恨みを買うようなことはしちゃいないのに。


「それより!どうこれ、可愛くない!?」


 両腕をあげて、ヒラヒラとビッグサイズのTシャツを見せびらかすみちる。

 最近流行りの、そのフォトプリントTシャツをゆかりも彼女と同様に着用していた。


「はいはい、ゆかりは可愛いな」


「ありがとゆーまっ――ん、ゆかりは……?なんでウチも入れてくれないのよ!あんたどれだけ偏屈なの!」


「あはは、落ち着いてみっち」


 どうどうと、暴れ馬ならぬ暴れ猪の頭を撫でるゆかり。唐突の忌憚のない行動に、羞恥を感じたのか頬を赤らめるみちる。


 へぇ、コイツもこんな顔するんだ。


 さりげない気遣いがポイントなんだなと、オレは脳内にメモする。今度試してみよう。


「皆さ〜んっ!お待たせしてすみませんっ!」

「ごめんなさい、遅くなって」


 しばしの押し問答を終えると、肩を並べて絢香と美玲が現れる。

 遅いといっても、集合時刻にはまだ5分ほど猶予があるというのに……律儀な奴だ。


「あれっ、二人一緒に来たんだ!珍しいこともあるもんだ〜」


「はいっ!改札口のところでばったり出くわしちゃって!」


「ええ、奇遇だったわ」


 勿論、奇遇ではなく必然的にそうなったわけだが。

 オレと美玲が先に居合わすと、疑われて何していたんだと仔細に問われかねないからだ。


 美玲には改札口の影に隠れて、タイミングを図ってもらっていた。そっちの方が疑いがかからないし、現実味を帯びるからな。


「まぁなにはともあれ!揃ったことだし!それじゃ〜、レッツゴー!!」

「お〜っ!」


「お前らは幼稚園児か……」


 みちると美玲のハイテンションなノリに、他3人は呆れながらも続いて行った。




 ***




 ターミナル駅から地下鉄で15分ほどかかり、目的の駅へと到着した。

 改札を抜けて地上へ出ると、迎え入れるように大観覧車がそびえ立っていた。

 海辺に沿って、この大観覧車と水族館が建てられているのは全国的に有名だ。観覧車の方は海の水平線と、栄えた街並みが絶景との噂らしい。


 残念ながら、オレはここに来るのは初めてだが。


「す〜いぞ〜くか〜んっ!!」

「か〜んら〜んしゃ〜っ!!」


 陽の光を浴びると、藪から棒にみちると美玲は朗らかに快哉を叫んだ。まるで秋葉原の仁王立ちのようだ。お前らは外国人か。


 さすがに一緒に居るこっちまで恥ずかしくなる。

 耳目を集めたため、クスクスと観光客が笑んでいるのが目についた。やっぱり恥ずかしい……。


「おい、ゆかり。あれなんとかならないか?」


「まーまー、いいじゃん。せっかく遊びに来てるんだしさ」


「そうよ!ゴールデンウィークに水族館!テンション上げてバカにならなきゃ損よ!」


 理路整然とした物言いをされる。

 少なくともみちるの主張に欠点らしい欠点はないが、同意はしかねた。


「ったく……好きにしろよ」


「悠真くんだって、そんな仏頂面ばかりしてたら楽しめないわよ?」


「そうですよ〜、ゆうま先輩も渋面してないで楽しみましょうよ〜!」


「オレはジジイか!?」


 そんな老けてない!そこまで暑くないと高を括っていたけど、猛暑過ぎただけだ!

 絢香と美玲から追撃をくらい、それを見てみちるが哄笑する。


「ほら、悠真くん。行こ?」


 手を差し出し、彼女はそう言う。

 いつもこういうことには希薄な絢香が、自ら手を繋ごうとすることに面食らった。

 オレはその手を取り、絢香に冷やかしを入れると、


「珍しいな、乙女チックなお前が自分から誘うなん――」

「う、うるさいっ!」

「痛てぇッ!?」


 握力全開、爪を立てて握り締められた。爪痕がくっきりと残っている。


「むぅ……ゆうま先輩、わたしとも手繋いでください!」


「ダメに決まっているでしょ!?ほら、悠真くん早く行きましょ」


 遁走するように、水族館まで続くメインストリートを足早で進まされる。


 途中で悠然と動く観覧車前の噴水広場に立ち寄り、背景に噴水と観覧車と海辺が映る有名な撮影スポットで記念撮影をした。「ハローハローせんきゅーベリーマッチ!」とみちるがスマホを通行人に渡した時は、苦笑いを皆抑えきれなかった。

 写真がそれぞれに供給されて、オレは密かにラインのアイコンにした。心のうちから楽しめているのかもしれない。


 そんな稀有な感覚に心躍らせながら、オレたちは南館へと入館した。


「うっへぇ……想像はしていたけど、ここまで混雑しているなんてね……」


「全くだな……さすがはゴールデンウィーク様々、うんざりするよ」


 生気を失ったゆかりに、オレは相槌を打った。

 それもそのはず。入場券窓口は5つあるはずなのに、どの窓口も行列をなしているからだ。


「私、買ってくるわ。こんなごった返しているのに、5人︎︎も並ぶのは他の人に迷惑だし」


 率先して絢香が手を挙げた。


「じゃあオレも。一応付き添いで。あ、美玲は待っとけよ」


 目を輝かせて口を開こうとしていた美玲に先手を打っておく。案の定、むぅと頬を膨らませた。

 各々からチケット代金を徴収し、オレと絢香は一番少なそうな人集りの最後尾へと並んだ。


 顔をしかめ、背伸びしながら「これは時間がかかりそう……」と呟く絢香に焦点を合わせた。

 黒のスキニーパンツが絢香のスラッと伸びる脚を際立てて、コットン地のホワイトカラービッグTシャツは太ももを半分まで隠してモード感を漂わせる綺麗目な服装だ。

 グログランテープベルトを腰に巻くことで、より大人っぽさが醸し出されていて、被っている黒のキャップがボーイッシュ感を露わにしている。


 キャンバストートバッグを左手に、右手に交互に持ち替えているのを見るに、じっとしているのが苦手なようだ。


「絢香、可愛いな。その服装」


 崇拝するオスカー先生の作品には、まず褒めろと記されていた。

 それが功を奏したらしく、絢香は頬をピンク色に染めてテンパリ始めた。


「ッ――!?な、なっ、なによ急に……そ、その……ありがと……」


「ぷっ……ああ、どういたしまして」


「あ!今笑いかけたでしょ!もうっ!」


 絢香としばしじゃれ合いながら、やはりほのかに感じる楽しさから固くしていた頬が自然と綻んだ。口角が上がっているのが鏡で確認せずともわかった。


「また笑ったわね!とさかに来るわ――」


 余談だが、チケット購入までに要した時間は20分ほどだった。

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