第25話 宣戦布告

『――ゆうま先輩、明日の8時半にここの喫茶店まで来てくださいね〜』


 風呂上がり。

 ベタベタする身体(主に冷や汗)をシャワーで流し、湯に浸かり今日一日の疲れを吹き飛ばした。極楽の飽和状態に陥って、悦に浸りながら浴室を出たら一通のメールが届いていたのだが、


「一体全体、どういうことだよ……集合時間は9時半のはずだろ……」


 悪魔からの命令を受け取り、一転して鬱になりそうだ。

 自室のベッドに大きくダイブして、どう返事をするか逡巡する。


 いや、どうするかなんて迷うほど難解ではない。絢香以外の女子と二人きりになんて、やめておいた方がいいに決まっている。


 だが安直にそう行動を取ると、美玲が何をしでかすかわからないから困る。事実、脅しの材料をアイツは所持しているからな。


 いや……それも言い訳か……。


『わかった』


 一言、そう返信した――。




 ***




 燦々と照り輝く日光を浴びながら、昨夜メールと共に記されていた場所へとやって来た。

 ゴールデンウィーク初日だが、予報ではこの日の天気が一番良好らしい。正直暑い。


「あ〜っ、ゆうま先輩やっと来た!遅いですよ〜」


 コチラを見やるや、片手を上げてブンブンと招く少女が一人。

 グレーチェック柄で五分袖丈のロングワンピースを着用し、動くと同時にスカート部分がヒラヒラと揺れている。


「ジャスト8時半なはずなんだけど」


 オレは腕時計で時刻を確認しながらそう言う。


「ふつーは女の子より先に来るもんだと思うんですけどねっ!そうじゃないしても、5分前行動は基本ですよっ!」


「ってことはお前は5分以上前からオレを待っていたわけだ。ストーカーみたいだな」


「なっ、ち、違いますよ。今来たばかりですっ」


 今来たばかりなら遅くないだろ、嘘つきめ。

 そっぽを向いて、被っている黒色ベレー帽の位置を直している美玲に「はいはい」とだけ返事をする。

 それなりに高いヒールサンダルを履いているため、美玲の目線が高く感じた。


「お前ってさ、大人っぽい服装似合うよな」


「ふふん、今更ですねっ」


 ウッドソールに、アッパー部分は黒で染められていて高貴さを連想させるようなサンダルがワンピースとベレー帽に絶妙にマッチしている。

 前回見た服装もそうだが、上品で大人っぽい服装が世辞抜きで抜群に似合っている。


 なにより、コーディネート力が並の高校生を上回っているのは自明だ。その点に関しては絢香をも超越している。

 ファッション雑誌や、通販を漁りまくっているんだろう。


「ほらほら、わたしのセンスに魅力されてくださいっ!」


 ふふん、と両手を腰に当てて胸を張る美玲。

 みちると絢香の中間くらいの、至って平均サイズの胸を見せびらかされて困惑する中、オレも負けじと反抗した。


「アホかお前、オレの方がセンス高いに決まってんだろ。首を洗って出直せ」


 黒のスラックスを履き、上はウィーゴで購入した半袖のカラーシャツにロングスリーブのコーチジャケットを羽織っている。

 家を出る前にスタンドミラーで確認したが、やはりと言うべきかそこにはイケメンがいた。


「そんなことないですーっ!わたしの方が絶対に上です!ゆうま先輩はわたしの次です!」


「いーや、違うね!美玲が二番目でオレが一番だ!」


 ターミナル駅の側にある喫茶店の前で非難の応酬を繰り広げ、通行人からの視線が痛くなり公序良俗に反しているのも自覚してきたところで、逃げるよう店の中へ入らせてもらった。


 入口の扉を押すと喫茶店特有のベルの音が鳴る。木造の建物が相乗効果を発揮し、荒ぶった心地を落ち着かせてくれた。

 木鉢が店頭に並べられ、咲いている花々は可愛らしく、また店内は木製のテーブルとイスが並べられて、どこか豊かさを感じさせられる。


 学生やセレブ達に映そうな、小洒落た喫茶店だな。

 こういう食事の場を抑えているのはさすがと言ったところだ。


 店員に案内される。二人掛けのテーブルへと腰をかけ、向かい側に美玲も座る。次いでお冷とおしぼりを二つずつ頂いた。


「ゆうま先輩、どれにしますか?」


「なにかオススメはないのか?足繁く通ってそうだし、詳しいんだろ?」


「遺憾ながら、初めての体験なので……優しくしてくださいっ……」


「ん〜、悩むな〜。どれも美味しそうだな〜」


「ち、ちょ!無視しないでくださいよっ!」


 いちいち構うのも難儀なため相手にせず、オレはメニュー表を観覧した。触らぬ神に祟りなしというやつだ。


「もうっ……こんなに可愛い後輩に……」


 いちいち可愛いんだよな、コイツ。

 頬を膨らませ、ぶつくさと文句を並べる美玲を視界の端で捉えて、再度メニューへと視線を落とす。


 どれも選び難い、メニュー表に載せられている美味しそう料理の写真を、再三再四舐め回すように閲覧し決心した。


「オレはこのキッシュと、アイスコーヒーにするよ」


「え、え、決めるの早くないですか!?タイムください!」


「オレが早いんじゃない、お前が遅いだけだ!」


「ゆうま先輩、ちょっと厨二病っぽいですよっ」


「うっせ」


 あれもいい、これもいいと慌てふためき躊躇する美玲には、どこか小動物らしい可愛さがあった。

 なんとなくスマホで盗撮すると、それに気づいたようで「なにしてるんですか!?」と噛み付いてくる。


「いや、面白かったからさ。顔が」


「それディスってます!?そんな変な顔でしたか!?ちょっと貸してくださいよ〜!」


「嫌だよ、スマホチェックされる女が他に増えてたまるか」


 オレは美玲の腕の長さでは届かない距離感で、ラインを起動した。

 すかさずトーク画面を開く。昨夜、美玲に返信した頃からみれいへの返信を怠っていたためだ。


「んー……」と唸りながら、返信内容が思いつき素早く文字を入力し、送信完了する。

 それをマジマジと横から覗き見する美玲は「……やっぱり」とパズルのピースが当てはまったような屈託のない表情をしていた。


 美玲の頭部へ優しくチョップを食らわせ、「おい、とっとと決めろ」と叱責した。

 悩み抜いた末に美玲は「りんごのデニッシュと、アイスミルクティーで!」と選択し、店員に注文を終えると純真な眼差しで美玲はオレを据えてきた。


「ゆうま先輩、いいですか?」


 いつもの恣意的な美玲とは打って変わり、真剣な表情をするので重要なことなのだと悟った。

 双手を膝に置き、毅然たる態度で美玲は口を開き始める。


「ゆうま先輩……ゆうま先輩は本気で住野先輩のことが好きなんですか?」


「ああ……それがなんだよ?」


「いえ、別に……ただ無理してるんじゃないかなとか」


 急になんなんだコイツは……?

 オレと絢香の関係に探りを入れられ、あまつさえ変な疑念をかけられてイラつきを覚えた。


「ないよ、そんなの」


「……あんなに非人道的な発言をされたのにですか?血も涙もないような人じゃないですか。ゆうま先輩は優しいですから、本当は無理をしているんじゃないですか?」


「ないって……言ってんじゃん……」


 淡々と語る美玲に、オレは歯切れを悪くしながらも答えた。

 本当は無理をしている?していないわけがない。だって人殺しをしようとするやつだぞ?いつも気を憚らなきゃならないし、疲れるよ。

 それでも憤懣が溜まっていくのはなぜだろうか。


「ほら……無理しているんじゃないですか……苦言を呈させてもらいますけど、やっぱり似合ってないです」


「……そうかもな」


 憤懣をぶつけないよう、必死に堪えた。

 まだ一ヶ月も経たない、いつでも切って取れる関係だと言うのに、なんでか絢香のことをバカにされている気がしてムカついた。


「ねぇ、ゆうま先輩――」


 普段は希薄のない甘ったるい声音をしている彼女が、毅然と声音を強めてオレの名を呼ぶ。



「――わたしのことを、好きにさせます。ゆうま先輩を、今日、必ず、住野先輩から簒奪してみせます」



「っ…………」


 宣戦布告とも、告白ともとれるその言葉を受けて眼を瞠った。

 硬い表情を崩し、えへへといつものあざとい表情に戻る美玲が瞳に映った。


「凄い奴だな、お前……尊敬するよ、本当に」


 ちまちまとしょうもない計画を立てていたオレとは、天と地ほど差がある。勇気と、負けん気と、本気度合いが絶対的にオレとは違う。


「当然じゃないですかっ!」


 オレが笑いを漏らすと、店員の人が料理を運んできた。

 それらをキレイさっぱり胃の中に納めて、モグモグとまだ食事をしている美玲を頬杖をつきながら眺めた。


 絢香の目を憚り、悪行を働くのを諌めるべく参じたのだが、これがどうして。

 ――今後、こういうのは一切やめよう。

 その一文を発することが叶わなかった。


 オレは自嘲すると、瞑目した。

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