第28話 間接キス
オレらはパンフレットの道のり通り、最後のフロア北館2館へと訪れていた。この館の1階が出口になる。
道中、イルカショーやベルーガの餌やり、生息地域別に様々な魚が水槽を泳いだり、アザラシを間近で観察できたりと、内容は並外れて素晴らしかった。
ゆかりとみちるを遠目から視認した限りでも、これでもかというほど盛り上がっていたくらいだ。
だがしかし、オレはそうではなかった。
左側から刺々しい視線が、右側から甘々しい声が飛び交い、精神的に四苦八苦していた。
「なぁ美玲……そろそろ腕離してくれないか?」
「嫌です〜っ!」
嫌ですじゃねえ!度し難いやつだな!
オレの心中を代弁するかのように、絢香が反抗した。
「殺されたいのかしら!?」
「殺れるものなら殺ってください!ゆうま先輩を盾にするので!」
「おい!勝手に身代わりにするな!?」
オレの背中に身を潜める美玲に、ため息をつきそうになる。ずっとこんな調子で嫌気が差してくるのは言うまでもない。
すれ違う人からは「二股」「クズ野郎」なんて評され、日本に一夫多妻制を取り入れて欲しいとこんなにも思ったのは初めてだ。
「あ!ゆうま先輩あれ見てください!すっごくないですかっ!」
美玲はオレを揺さぶると右手で指さした。
その先には、イワシと思われる中サイズの大量の魚が渦を巻いていた。まるで竜巻のような、それでいて幻想的な煌びやかとしたトルネードを魚の群れが生み出している。
「これはなかなか……」
「絶景だな……」
オレも絢香も感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。
「これ、3万5000匹もいるらしいわよ……一体何年分の食料なのかしら……」
「食料はともかく、こんなに多くの生命を間近で観られるのは凄いけどな」
白色で灯されていたライトが赤みを帯びていき、イワシたちの身体が紅色に照り輝いていく。素直に感動した。
……来てよかったな、本当に。
傷心に浸っていたが、それも風情ある光景の前では屁でもない。
「また今度、二人で来たいな」
「それはわたしに言ってるんですか?――はっ、まさか口説かれてる!?」
「私に決まってるでしょうが!」
……やっぱり台無しだ。混ぜるな危険、二人がいるとただただ疲れる。
うんざりしていると、離れていたみちるとゆかりが手を振りながら踵を返してきた。
「ねーねー!ウチさっきの海鮮パスタ食べたい!」
「みっちがお腹空いたから、上にあったレストラン行きたいんだってさ」
「おー行きましょ〜!わたしも腹ぺこです」
オレは腕時計を見やって、腹の度合いを確認した。
確かにもう2時過ぎ。昼食の時間には遅いくらいだ。
舵を切って進むみちるに続いて、オレたちはレストランへ足を運んだ。
***
「そ〜いえばさ、美玲ちゃんってクズゆーまのどこが好きなの〜?」
「おい、オレのどこがクズなんだよ」
クリームソースのパスタの上にエビが並べられた、海鮮パスタなるものをフォークでグルグルしながら、みちるは美玲に尋ねた。
「えっ、それ聞いちゃいます!?」
おい、お前もサラッとクズをスルーするなクズを。
美玲はパンケーキを切り分けていた手を止めて、目を瞑りながら腕を組んだ。
「う〜ん、どこが好きなんですかね〜。わかんないです〜」
おい、わかんないのかよ。
みちるは「ん〜、そっかー」と頷きながら、「絢香ちゃんは?」と質問相手を変更した。
「わ、私?そうね……いざって時に大胆なところ……?あと、たまに優しいところ……?」
「おい、なんで疑問形なんだよ」
「だって仕方ないじゃない。片手で数えれるくらいしかそういう行動しないもの」
「ほうほう、つまり二人はもうヤることヤったとっ!?」
「「ヤってない!!」」
二人してバンッと机を叩きつけて息を揃えた。
それが災いて、海鮮ラーメンを啜っていたゆかりが吹き出した。
そんなに睨みつけてくんなって……悪かったって……。
「こ、こほん。でも、進めるところまでは進んでるから」
「ほうほう、それはつまり前戯までということかなっ?」
「そ、そうね――」
そんなことしてねぇよ……。
強いてそういう場面があったとすれば、風呂場で裸が見えた時くらいだ。
「……ゆうま先輩、色々としたんですか」
手にしていたナイフをこちらに向けて、いつにも増して低い声で美玲がそう言う。
「皮肉なことに、完璧に絢香の誇張表現だ。なんたってチキンで臆病で意気地なしと三拍子揃えたこのオレだからな。だからそのナイフは収めてくれ」
「わたし、なんて対応したらいいんですか。とりあえず哀れんどけばいいですか。まぁとにかく、なにもなくてよかったですけど……」
「あぁ、安心しろ」
完璧に暴走した絢香は、言葉を重ねる毎に顔を赤らめていった。
そんな彼女を片隅に置いて、オレと美玲はコソコソと話し合う。
彼女がいるのに、安心しろというのもおかしな話だとは思うが。絢香に会話を聞かれていないか一抹の不安は残るものの、オレはいくら丼へとスプーンを進めた。
「ゆうま先輩、それ一口くださいっ!いくら多めで!」
「ああ、別にいいけど。ほら、自分で好きなだけ取って」
相向かいで真正面に座る美玲へと、スプーンごと丼をズラす。
ご飯といくらの対比がおかしいそれを、ぱくりと美玲は頬張った直後――オレは左隣の席から右ストレートを受けた。
そうだ……完全に忘却していた……その行為が間接キスだということに。
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