第24話 好き

 キーコキーコと、ゆらりゆるり前方後方へと揺れるブランコ。

 これで風があれば、曇った心の靄を吹き飛ばしてくれそうなものの、残念ながら木の葉一枚とて微動だとしていない。


 悪い思い出が蘇る、いつの日かの素朴な公園で二人して遊具に乗用していた。


 怒涛の出来事の経緯を振り返り、まさしく不肖の身だと実感した。

 イケメンというのはただの絵面ごとでしかなく、内面はとんだクソ野郎だ。


 ゆかりとみちるとは最寄り駅で解散したため、気前を憚らずに済むのが不幸中の幸いだったが。

 そそくさと自宅に帰りたいところを、「まだ一緒にいて」と引き留められて現在に至る――


「岩井さんが言っていたことなのだけれども……」


 ブランコの錆びた鎖が擦れる音を除けば、森閑だったこの場で苦渋を嘗めながら、弱気な声音で絢香が喋り始めた。


「最後、私は何も反論できなかったわ……きっと彼女の言い述べていたことが正しいんでしょうね……」


「ああ、そうかもな」


 懺悔するかのように、絢香は暗い表情を顕にした。

 自分の反省すべき、責めるべき箇所を自覚しているからこそ責任転嫁することもなく、美玲に対しても分別して沈黙していたのだろう。

 オレと全くといっていいほど相似している。


「私、こんな性格じゃなかったはずなのにな……あはは……」


 彼女は苦笑いをすると再び、何かを悔やんでいるかのような暗い表情に戻った。


「才能に恵まれ、学業優秀、スポーツ万能、泰然自若で誰からも褒められる。そんな人間だと思い込んでいたのに、こんなにたどたどしかったなんてね」


「自信過剰すぎだろ」


 ふふっと、なんでか笑いが漏れた。


「ちょっと!笑い事じゃないから!」


「ごめんごめん。おかしくて、つい」


「もうっ……でも、貴方も変わったわよね。出会った当初なんて無愛想と失礼の塊だったのに」


「おい、なんでディスられてるんだ」


 ふふっと、絢香に笑い返される。彼女の暗い表情が、ちょっぴり晴れたような気がした。


「だって事実だもの。でも、変わったのよ。以前に比べたら人付き合い上手になったんじゃない?」


「いいや、オレは元々人付き合いは上手い方だ。その上手い付き合いをする相手を選んでいるだけ」


「それ、天草くんが聞いたらきっと笑われるわよ?」


「……そうかもな」


 ふふっと、二人同時にして笑った。

 他人からはイケメンやら秀才美少女なんてレッテルを貼られるが、中身を覗けば同じ穴のムジナであることに安堵した。結局のところ、人間なんてそんなもんなんだと。


「……なぁ絢香、オレは決してお前以外の女と事情をしたりはないからな」


「ホントかしらね」


「当たり前だろ、なんたってオレは童貞だ」


 誇れることじゃないけどな。

 いつ捨てれるんだろうなんて思いふけると、絢香が耐えかねず吹き出した。


「……ぷっ、ふふふっ……わかってるわよそんなこと……ふふ」


「そうだな。オレと絢香、蓋を開けてみれば童貞と処女だもんな」


「そこ、分かってても口にしない。さっさと奪ってくれればいいのよ」


「お、おう……そうだな……うん、そのうちな……」


 ――今日、家来るか?

 なんて言葉がすんなりと口から出ればいいのに。非情なことに、きの字も出かからない。


「チキン、ヘタレ、臆病者」


 汚物を睨みつけるような刺々しい視線を突きつけられ、おしなべてその通りであるため反論を繰り出すことができない。

 この調子では童貞を卒業できるのかと、一抹の不安が残る。


「全くもって仰る通りでございます……。てか、絢香から誘ってくれればいいじゃねーか」


「――なっ~~~〜!?」


 急速に湯が沸いたように、顔を赤く染めた。

 それと同時にブランコを蹴飛ばす勢いで立ち上がり、オレの目前に来ると――


「悠真くんのアホッ!!」


 豪快な張り手音が響いた。


「いってぇ!?」


 ……くっそこの女!力の加減も出来ねーのかよ!!

 赤く腫れて、ジンジンする。これほど強気の暴行は稀有だ。


「悠真くんが悪いからね!純情な乙女に対してサイテー!」


 意味がわからない、理解不能だ。そもそも、純情な乙女は暴力をふるわないだろうに……。

 ムスッとブランコに座り直した絢香は、足元に転がっている石ころを蹴飛ばした。


「……お前、やっぱ外面は眩惑するほど可愛いのに、内面が勿体ないよな」


 絢香は「〜〜〜〜っ!」と口をパクパクして唸ったのちに、「うるさい!」と耳がキンキンするほどの大きさで怒号を放った。


「ばっか、お前の方がうるさいわ!」


 人差し指を立てて、手を鼻の前に移して静かにと宥める。

 こんな閑静な住宅街付近で大声出されちゃどんな苦情が飛び交うか……たまったもんじゃない。


 しまったと、口を噤んで「ごめんなさい」と謝る絢香。


「やっちまったもんは仕方ないし、曇った顔が晴れてよかったよ」


「……あ」


 本人も指摘されて、今更ながら気づいたらしい。喜怒哀楽の「哀」文字しか表情に現れなかったが、ちゃんと「喜怒哀楽」が表情に出るようになった。


「悠真くんといると、やっぱり楽しいわね」


 絢香ははにかんだ笑顔で心情を吐露する。


「あー、そうだな。オレもだよ」


「知ってるわ。自分に辟易としていたのがバカらしくなってくるわね」


「実際にバカだしな。オレをもっと信じろ、死ぬまで一緒にいるんだろ?」


「うん、付き合ったからには責任取ってもらうからね――」


「ああ」と相槌を打った。

 言われるまでもない、そういう約束だ。いや、約束しなくともそうつもりだ。



 畢竟――好きになってしまったのだ。

 好きという感情を初めて持った。今後、絢香を好きだという感情は変わることも揺らぐこともない。


 それくらい好きだと思ってしまった。



 日が沈む頃まで、オレは絢香の雑談に付き合った――。

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