第22話 エロ本と

「ない……」


 ガサゴソと、物を漁る音が耳に入る。


「ここにもない……」


 ベッドの下、クローゼットとタンスの中、カーペット裏、デスクの引き出し。それらを絢香が血眼となり、一心不乱になり、大わらわとなって荒らしまくっている。


「なんでないのよ……」


 オレは腰を掛けている椅子をくるっと回転させて、呆気に取られながら絢香を一瞥し、再度デスクへと身体を向けた。


 もうすぐ迎えるゴールデンウィーク。その直後に試験があるので、それに対しての提出課題をしていたのだ。

 中学の頃からテスト順位はコンスタントで上位だったが、だからといって高校でもそうなるとは限らない。

 ついでに一教科でもいいから絢香の点数を抜かして、一位の座を簒奪してやろうと思っている。


 思っているのだが――


「おかしいわね……」


 ぶつくさと捜し物をしている絢香に対して、さすがに我慢がならなくなり、オレはこめかみを押さえた。


「おい絢香……何やってんだよお前ッ!!」


 床に服が乱れ、開いたままのクローゼットとタンス。それらを放置して、他の場所を散らかしにかかる絢香にオレはキレた。


「な、何よ急に。ビックリするじゃない」


「知るかアホ!片付けろ!今すぐ片付けろ!」


「私が汚したんじゃないわ」


「お前が汚したんだよ!」


 目も当てられない悲惨な状況に、現実逃避したくなる。


「そうだったかしら。記憶にないわね」


 丁々発止の末に、試合を投げ出した絢香の姿を見てプルプルと握る拳が震えた。

 この野郎……一回でいいから殴りてぇ……。


「とっとと片付けろ、掃除しろ。元にあった場所に戻せ、いいな?」


「悪いけど、これがどこにあったか知らないわ」


 のらりくらりと立ち上がり、すました顔でベッドに座り込み彼女はスマホを弄り始めた。


「…………はぁ」


 倦怠感に襲われ、オレは深くため息をついた。雀の涙ほども悪びれてない絢香に無性に腹が立つ。迷惑もいいところだわ。


「お前、掃除嫌いだろ」


 ピクッと肩を震わせ、一瞬硬直したように見えた絢香は反駁してくる。


「そ、そんなわけないじゃない。バカなの?この私よ?」


「よし、じゃあ明日の放課後に絢香の家寄るから自室に入れさせろよ」


「だ、ダメっ!それはダメよ!」


「ほらみろ!どうせ部屋が乱れてるんだろ!掃除嫌いだって認めろ!」


「違うから!乙女の秘密が詰まった私の部屋は公開禁止なだけよ!」


「嘘つけアホ!丸わかりだわ!」


 完璧人間故に、オレと同類の綺麗好きだと踏んでいたがそれは異なり、コイツにも瑕疵があるらしい。

 気になるな、絢香の部屋がどんな有様になってんのか。


「ふん、指一つたりとも私の部屋のドアに触れさせないから」


「上等だ、壁ならぬドアを越えてみせる」


 カブトムシとクワガタが睨み合うよう、オレらは火花を散らした。

 膠着状態までもつれあい、敗北は喫する。バカらしくなり面倒になり、椅子の背もたれに大きくもたれかかって、オレはぶっきらぼうに絢香へ尋ねた。


「……そんで、お前はこんなに汚して何を探してたんだ」


「口には出せないようなブツよ」


「もうちょいヒント」


「……淫らで薄い本」


「要するにエロ本を探してたのか、お前。淫獣だな」


「――ッ、ち、違うっ!違うもん!そ、そうよ!監視よ!彼氏が他の女の裸を見ていないかどうかの監視よ!」


 口から出任せを言って言い逃れをしようとしているのか、本当のことかは定かだが、この好機を逃すつもりはない。

 マウントとれる率が高くなってきたな。さすがはオレ。


 ニヤリと顔を歪ませて、オレは追い討ちに入る。


「つまりは自分以外の女で抜いてほしくないと?ただの独占欲の塊ド変態だな」


「うぅ……そうじゃない……違う……」


「違うのか?じゃあオレか他の女を見てナニをしてても問題ないわけだ」


「そ、そういうわけでもない……けど……」


 うるうると目尻に雫が溜まり、顔を垂らした。想像を絶する反応に、気持ちがエキサイトしていく。可愛いしか言葉が出てこない。


「けど?なんだよ」


「な、なんにもない……他の女がいいなら、好きにしたらいいじゃない……その時は殺すけど!」


 羞恥に襲われモジモジした様子から一転、気迫の篭もった声で脅迫される。

 おいおい、絢香ってこんな可愛かったか?オレの彼女はこんな可愛いのか?可愛いすぎだろ。


 ベタ惚れ状態に陥ったオレは、俄然として昂った気持ちを絢香にぶつけた。


「しないよ、オレはお前しか見てない」


 絢香の瞳をしっかりと居抜き、オレはキザなセリフを吐き出す。

 真の英雄は目で殺すなんて言うが、あながち間違えではないかもしれない。殺してないし、ちょっぴり恥ずかしいが。


「――っ!?ば、バカなの……?なんで直球でそんなこと……」


「思ってることを言っただけだ」


「余計タチが悪いわ……ねぇ、やっぱりズルい……」


「好きだぞ、絢香」


「ばかぁ……うぅ……」


 含羞で頬の色を赤らめて、言葉を紡ぐこともままならないようだ。

 さて、ここらでラストフィニッシュを迎えるとしよう。最後に掉尾を飾るのはオレだ。


 椅子から退き、オレは絢香の目前まで移動すると彼女の肩を掴んだ。そのまま上方から顔を近づけ、彼女の頬に唇を付けた――


「ちゅ――っ」


 潤んだ頬にコンマ数秒だが、オレの唇が触れた。

 途端――彼女はぷしゅーっと頭部から湯気が立ち上るかのように蒸発しベッドに倒れた。

 目をぐるんぐるんに回し、気を失ってしまったらしい。


 バレないうちに盗撮し、絢香は10分後に意識を覚醒して起き上がった。


「――ほ、ほっぺ、ほっぺに!?うぅ……あぅ……えへへ……」


「ほら、目を覚ませ」


 うつつを抜かしている絢香の顔面にぺちぺちと微力で張り手を入れる。


「はっ――!?わ、私は一体!?」


「おう、おはよう。エッチな妄想から抜け出せたか?」


「そ、そんな妄想してません!しているのは悠真くんでしょ!」


「なんのことかサッパリだな」


「白状してエロ本を出しなさい!私の目を瞞着することはできないわよ!」


「そんな当てつけされてもな、無い袖は振れない」


 だってオレ、エロ本(リアル)よりエロ動画(ネット)派だし。検索履歴もしっかりと削除しているからバレるはずもない。


「むぅ……それで万が一隠していたのが見つかったら、どうなるかわかるわよね?」


「はいはい、死ぬハメにはなりたくないしわかってるよ。それより、そろそろ帰ったらどうだ?母さんは戻ってくる頃だぞ」


 いつの間にか雨音も止んでいる。

 これ以上家に滞在させるのも疲れるしな、帰らせよう。うん。


「そうね……挨拶したいけど、仕事帰りで疲れていると思うからまたにするわ」


 そういえばそんな約束もしたっけな。忘れていた。


「よし、行くか。送ってくぞ」


 雨降ってたら一人で帰らせたけど。


「うん、ありがと」


 部屋着から外出用の服装へと着替え、オレは絢香を家まで送っていった――。

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