第21話 浮気調査その2
玄関の扉先の屋根下に身を潜めて、雨と奮闘することおよそ20分。
絢香から中に入ってよしの合図を受け取り、オレはコイツと自室のベッドに腰をかけ、横並びに座っている。
「悠真くんの部屋、意外と綺麗なのね。男子だからもっと汚いのを想像していたわ」
まじまじとぐるり一周、舐め回すようにオレの部屋を見渡す絢香。
ベッド、テレビ、ゲーム機、パソコン。目立ってあるのはそれくらいで、本当に質素な部屋だと自覚している。
「まぁ一応。オレ、自分の部屋だけは綺麗じゃないと済まない性分なんだ」
「他はどうでもいいと?」
「端的に言うと、そうだな」
「……全く、もう」
付き合う相手の人選を間違えた。そんな侮蔑や軽蔑の類の視線がオレに向けられる。
「絢香こそ、初彼氏のオレ以外に入る男の部屋なんてないだろ。あ――パパの部屋か」
「う、うるさいわね!!」
痛いところを突かれたと図星のようで、取り乱したように彼女は反抗の態度を表した。
パンツ以外はオレの部屋着を与えている。別段外に出るわけではないので、服装は無頓着でいいだろう。ただ身長差があるため、やはりというべきかサイズが合っていない。
明らかにオーバーサイズなそのスウェット生地の長袖長ズボンは、絢香の手足を意図も容易く覆い隠した。
裾ごと手をギュッと握りしめ、忸怩しているのが見て取れる。
「悠真くんだってお母さん以外の女の部屋になんて入ったことないくせに!」
「え、あるけど」
キョトンと、間抜けたトーンでそう返す。
何言ってんだコイツ。みちるの家にはゆかりとよく行くし。
「……は?」
「……え?」
ドス黒いオーラが絢香の周囲に漂い始めた、気がした。
さすがのオレでもわかる、これはメンヘラヤンデレモードだ。
「……誰?どの子?ねぇ、浮気?」
目付きがたちまち変化し、オレを射竦める。
「い、いや、ちょっと待て。何か勘違いしてないか?」
ヤバい。どうせコイツのことだから、またカバンに刃物を入れてるんだ。ヤバい。
身の危険を感じ、オレは焦り始めた。なんで毛ほども興味のないみちるのことで死なななきゃならんのだ。
「……なに取り繕おうとしているの?なに隠しているの?ねぇ?」
ガサゴソと彼女はベッドの上に放り投げていたカバンに触れた。
その刹那――オレは彼女を抱擁する。絢香を仰向け状態にして、その上から大きく覆い被さる。
「なにもないよ……」
ギュッと抱きしめ、身動きを取れなくする。
……危ねぇ、怖え、死にたくねぇ。
ごめんや冗談で片付けれるほど、絢香の行おうとしている行動は易しいものではない。
このモードに突入した絢香は聞く耳を持たず取り付く島もないので、こういう時は尽力を尽くして止めに入るしかないと覚えた。
「っ……離して……!どいてよ……っ!」
「死んでも離すもんか」
殺されたくないもん。
ジタバタと手足を大きく振るい、脱出を試みているようだが、オレもそう甘くはない。固結びするように絢香の四肢に自分の身体を絡み付ける。
効果は覿面のようで、絢香はオレから離れるにはなれなかった。
「離してよ……浮気した彼氏なんかにぎゅーして欲しくない……」
「してないよ」
瞳が潤ってきた絢香の耳元でそう囁く。
「だって……他の女の部屋に入ったって……さっき言ったもん……」
ようやく聞く耳を持ち出したので、抗弁に入る。
他の女とはみちるのこと、付き合ってから他の女とは一切会話していないこと(二人を除いて)、その旨をしっかりと伝えると、彼女は気持ちを整理したかのように落ち着き始めた。
「……なんで最初からそー言わないの…………」
「一人勝手に暴走し始めたのはどこの絢香さんでしたっけ」
「悪かったわね……」
オレは一度身体を起こすと、絢香はぐるり反転しうつ伏せ状態になって顔を隠した。
「全くだ……ちなみにカバンの中には何が入ってんだよ」
「ハサミ、カミソリ、財布、メイクポーチ、予備のハサミ、カミソリ――」
「いやハサミとカミソリ多すぎだろ!?」
「別にいいじゃない!!」
「いいわけあるか!出せ!全部没収だ!彼氏を殺す彼女がいてたまるか!」
「うるさいうるさい!第一、まだ悠真くんには浮気容疑が残ってるのよ!これを見て!」
カバンからスマホを取り、ポチポチと画面をタッチするとそれをオレに見せつけてきた。
『今日は学校の先輩とデートですっ!』
ツイッター(独り言を呟くSNSアプリ)にて、美玲という名のアカウントがその文と共に男女が写っている画像をアップしていた。
言うまでもなく、オレと美玲だ。いつの間にか隠し撮りされていたらしい。
けれども、加工によって顔から上は隠されている。なんでわかったんだろう、という疑問は即座に解消された。ヒントは脱衣所にある。
昨晩風呂に入った時に、このパーカーを洗濯カゴに投げ捨てたからか、と。
確信犯だな、コイツ……。
あれだけ絢香のことについて忠告しておいたのに、馬耳東風しやがって……。
「これ、どういうことかしら!」
紙一重で繋がった真相に、険しい表情で問い詰められる。
この画像の主が絢香はオレだと確信しているため、言い訳は逆効果だろう。余計に絢香の怒気を煽るだけだ。
「ああ……それ、人助けなんだ」
なら、嘘を少し織り混ぜながら、真実を語るしかない。
「……人助け?他人に興味のない悠真くんが?」
「おい、明らかに悪意のある言い方だぞ」
「まあまあ」とオレを宥めて、「それで?」と続きを要求してくる。
「実は昨日、ショッピングモールに出掛けたんだけど、ゲーセンでその女子が柄付きの悪い奴らに絡まれててな――」
そこからかくかくしかじかの事情で、と絢香に許しを乞うた。
「そう……なるほどね。でも意外ね、やっぱり」
「オレが人助けをするのがか?まぁ、普段ならスルーしてたかもな」
「というと?」
「この前、その子と校内でぶつかって転ばしちゃったからな。罪滅ぼしみたいなもんだ」
これも事実だ。パンツ見た事までは口に出せないが。
それでも、どこか腑に落ちない点があるのか顔をしかめる絢香。
「はぁ……これ以上疑っても埒が明かないし、信じてあげる」
「ああ、助かる」
「その代わり!不安にさせた責任を取ってもう一回!」
次は仰向けに寝転がり、彼女は腕をぱっと大きく広げる。
もう一回抱きしめろ、ってことだろう。
「わかったよ」
こんな時くらいにしかぎゅーできないからな。災い転じて福となすだ。
オレは再度、上から覆い被さるように絢香に抱きついた。それに呼応し、下から絢香も両腕両足を絡ませてくる。
「…………」
「…………」
沈黙が長い時間訪れる。
離れて良しの合図が来るまではオレは身動きひとつ取れないと、最近学んだ。
「…………」
「…………」
湯上りのシャンプーのいい匂いが鼻を通る。
蒸されたようなしっとりとした肌が、オレの顔に触れた。
絢香の身体の温もりがオレに伝達される。
それらがオレを刺激して、健全な男子高校生の性欲を溢れ返らせた。若気の至りで思考停止し、どうにでもなれと身を任せてしまいたい。
手を動かし、絢香の履いてるズボンに手を伸ばそうとしたところで――
「ふぅっ」
「きゃっ!?」
オレは絢香の耳元に息を吹きかけた。
危ねー!?オレ、今なんてことを!?
理性が持つうちに、なんとか回避に成功した。
それと同時に、強烈な張り手がオレを襲うことになったが。バチンと心地よい音が響く。
「さ、サイテー!!」
次いで蹴りがオレの腹に炸裂し、オレはベッドの外へ追いやられる。
「死んでしまえばいいのに!!」
ゲーム表示なら確実にオーバーキル。
オレは為す術なく、土下座をさせられたのはまた別の話だ――。
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