第12話 バージンロード

 四人が校門に屯っている。

 今朝は襲いかかるような大雨だったが、どうやら引いたらしい。時々、雲の合間を縫うように日差しが零れるくらいにはお天道様も気分がいい様だ。

 その為、香澄さんが迎えに来ることも無い。


「悪いな、急に呼び出して」


「ええ……それはいいのだけれども……」


「どうかしたのか?」


 松葉杖を持つ少女は校門に現れた。

 電話かけ、校門で待っているから来てくれとの旨を伝えると、直ぐに彼女は現れた。

 声音を上げて嬉々たる様子が通話越しに伺えたが、それがどうして、これほど曇った顔をしているのか。


「どうかしたのか……じゃないのよ……」


「住野さん、どうしてそんなに機嫌悪いの?」


 ゆかりが不安そうに尋ねた。


「いいえ、天草くんや新庄さんに対してじゃないから」


「待て? つまり消去法でオレに対してキレているのか?」


「オレ以外に誰がいるのよ。ねぇ、カフェに行くなんて聞いてないんだけど!?」


「そうだっけか?」


 本当は通話していた時のことは一言一句鮮明に覚えている。だって今さっきのことだし。


 深いため息をつき、絢香は俯いた。

 青筋を立てる勢いで、ご機嫌ナナメなのはオレのせいのようだ。


「悠真くん、よく骨折してる私をカフェに連れていこうなんて思ったわね」


「ご、ごめん……ついパフェに夢中で忘れてた」


「……は?」


 今度こそ青筋を立てた絢香。

 彼女の瞳は瞬く間に曇っていく。そんなことは実際には起こりえていないのだが、ドス黒い闇のオーラが絢香の周りに漂っていた気がした。


「バカだねユーマ……」

「アホだねゆーま……」


「お、おいお前ら!?」


 三度、息を揃えて二人はオレから距離を取った。


 第六感、という名の危機感知能力で感知したのだろう。君子危うきに近寄らず、つまるところ見捨てられたのだ。


「裏切り者……」


 幼い頃から共に過ごしてきた友情はどこに消えたんだよ!! 薄情者め!!


 ただ、正直者が馬鹿を見る世界だ。きっと逆の立場ならオレも同じことをしていただろうから、責めることは出来ない。


「裏切ったのは悠真くんじゃない? 私、登下校を一緒にしてって言ったわよね? ね?」


「あ、ああ……だからこうして絢香を呼び出し――」


「は? ふざけているの?」


「……ゴメンなさい」


 ここまで激情した彼女の姿を目視した事のなかったオレは身震いが止まらなくなっていた。

 背筋が凍るような思いをしたのは、絢香に怒鳴られたのが初めてだ。


 まだ付き合って二日目だというのに、先が思いやられる。


「謝って済ませるつもりでいるの? ねぇ? 彼女との約束を破って皆で遊びに行こうなんてほざいたのに? ねぇ? 昨日ちゃんとラインで送ったわよね? ねぇ?」


「はい……」


「それを忘れてパフェを食べに行く?足を痛めているの大事な彼女を連れて?」


「はい……」


「殺されたいの?」


 怒気を込めて発せられた言葉に竦んでしまう。


「ひっ……」


 助けを求めようにも、非情なことにゆかりとみちるの姿は見られず、観衆の目が広がるばかり。

 こっそりとポケットに入っているスマホをチラ見すると、『また今度パフェ食べにいこー!』とみちるからの連絡の通知が表示されていた。


 ……終わった。短い人生だったな、うん。


「ハサミとカミソリなら鞄に入っているわよ」


 絢香は背中に背負っている鞄をガサゴソと揺らした。


「待て、待ってくれ。ごめん、本当にごめん。オレが悪かった」


 彼女から許しを得るには、ひたすら謝罪の意を表すしかない。

 オレが悪いしな……嫌われたかな……。


 自己嫌悪に浸りながら、これから別れ話になるのを想像すると、何だか切なくなってくる。自然と目が潤ってきた。


「今更許されると思っているのかしら」


「そんなことは、ない……けど、ごめん」


 オレは無様な自分の足元を眺めるように顔を地に向けた。


「じゃあ謝るだけじゃなくて、反省の意を行動に移したら?」


「ぐ、具体的にどうしたらいいんだ?」


「…………自分……考えて」


「……なんて?」


 なんだコイツ、急に口篭って……。


「自分で考えて!!」


「お、おう……」


 怒鳴ってオレに丸投げするということは、口に出すのが恥ずかしいからだと簡単に予想がつく。だがしかし、裏を返せばまだ挽回するチャンスがあること、だが――


 お前が期待しているのはチューか!? チューか!? チューなのか!? ごめん! 無理!


 彼女の淡い期待は、オレのチキンな心によって即破れてしまう。


 だって恥ずすぎるだろ!? しかもこんな周囲の目がつくところで。


「絢香……」


 ごめん、今のオレにはこれくらいしか出来ない。


 絢香に近寄り、彼女の首元へやおら両腕を回した。

 滑るようになめらかでしっとりと張り付く手触り。脳を蕩けさせるような絢香の甘い匂いが鼻をくすぐり、擦れる衣服の音が心拍数を速めた。


 この一連の流れから、青天の霹靂を目の当たりにした生徒らは落ち葉が吹き荒れるような歓声をあげた。


「好きだよ、絢香」


 抱きしめた絢香の耳元で、蜜のように甘い声でそう囁く。

 彼女の肌が熱を持ち、頭から湯気が立ち上っているように感じた。


 …………罰ゲームかよ、クソ。顔から火を吹き出しそうだ。


「うぅ、ばか……私も好き、大好き……」


「うん、大好き」


 女子生徒らは、「きゃーっ」と黄色い声を上げたところで、オレは絢香から離れた。


「……ちゅー、してくれないの?」


「せめて二人きりの時にしてくれ」


「悠真くんのチキン……」


「チキンで悪かったな……」


 オレと絢香は互いにクスッと笑い合い、バージンロードを歩くように校門を抜け出ていった――。

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