第7話 白色のパンツ、それと救急車

 サボり学校を抜けたあと、オレらは公園に屯っていた。

 オレの自宅から徒歩五分ほどでつくそこは、ブランコとシーソー、それから鉄棒と砂場があるだけの幼稚園児が遊ぶような小さな公園だ。

 道中にあるコンビニで買ったアイスの包装を破って取り出し、口に咥える。


「なんか、こういうのって背徳感あるわね」


 オレの隣のブランコに座る絢香が、視線を遠くしてそう語る。


「そうだな」


 この宇治抹茶味のアイス、美味しいな。

 先ほどまで荒ぶっていた心の熱を、アイスが冷ましてくれているようだ。


「私、学校サボったの初めてなの。この責任は君に死ぬまでちゃんととって貰うから」


「そうだな……ん?」


 アイスに夢中になりすぎて、絢香の話をよく聞いていなかった。

 今、死ぬまで責任取れって言ったか……? ははは、まさか冗談だよな。


「だから、キッチリと死ぬまで責任取って貰うから」


「お、おう……」


 冗談じゃありませんでした。

 絢香の頭の中ではすでに結婚して老後までの人生計画が予定が立てられているらしい。オレのちんけな計画とはとても比肩しない。


「わかったよ」


「逆に断りでもしたら殺してたところだけど」


 断ったら殺されてたのか……怖いな……。こんな選択ミスでバッドエンドとかどんな無理ゲーだよ……。


 アイスの冷たさのせいだと信じたい、少し身体が身震いする。


「まぁいいわ、言質もとれたし」


「な、なんのことだよ?」


「これよ」と、絢香はアイスを片手に、もう片手で器用にスマホを弄った。

 彼女のスマホから音声が流れ始めると、オレは眼を瞠ることになる。


『――キッチリと死ぬまで責任取って貰うから』


『お、おう……わかったよ』


 音声はそこで終了した。

 前後の会話は見事に切り取られたようで録音されていない。


「まさか……これを言わせるために……」


「そうよ、まんまと引っかかったってわけ。バカね」


 バカ、というのはオレが周囲の状況を把握していなかったことについて言っているのだろう。

 アイスがなければコイツの行動をしっかり見ていたのに……。覆水盆に返らず、取り返しのつかないミスだ。


「私よりアイスの方が大切だもんね」


「いや、違うんだ。オレの弁解を聞いてくれ」


「嫌無理拒否却下反対」


「そんな中国語みたいに単語並べないでくれ⁉」


「ぜ、っ、た、い、に、ゆ、る、さ、な、い!」


「ゴメンなさい⁉」


 彼女はブランコに立ち、漕いで揺らし始めた。怒りをブランコにぶつけているようにも感じる。


 ブランコの最も効率の良い漕ぎ方を熟知しているのか、最下点で脚を垂直に立て、揺れた時に膝を屈伸させる。揺れ幅はどんどん大きくなっていく。


「怒った……もん……ゆう……あほ……」


 ブランコに振られる彼女の声は掠れてよく聞こえなかったが、腹に据えかねているのは確かだった。

 風が彼女を強く押し付け、制服が靡いた。


「あ、白色――」


 スカートが大きく靡き、たまたま見えてしまった。

 なにが? なんて野暮なことは聞かなくてもわかるだろう。

 そう、絢香のパンツだ。


「へっ――⁉」


 オレの一言に酷く動揺し、彼女は大きくバランスを崩した。否、崩したどころか鎖で繋がれた持ち手の部分を離してしまった。


「絢香――ッ‼」


「きゃ――ッ⁉」


 無残にもブランコは絢香を投げ出した。

 オレも反射的に絢香へと手を伸ばすが、届かない。

 前方へと体勢を崩して宙を舞う。

 立ち漕ぎからの立ち飛びを意図なくされたようなものだ。意図して飛べば綺麗に着地が可能だが、絢香はそうではなかった。

 足の爪先辺りから地に着地し、前のめりに倒れたのだ。


「――絢香‼」


 ブランコを蹴飛ばす勢いでオレは絢香の元へと駆けつけた。


「絢香、大丈夫か⁉」


「う……っ……」


 唸り声をあげ、大丈夫かなんて聞くまでもなかった。

 最低でも捻挫、十分骨折に至るまでの痛みはあっただろう。


「……救急車、呼ぶか?」


「いい……」


「いや、よくないだろ……それ」


 膝を曲げて、足元を手で覆うように蹲っている。

 ひとまず、オレは絢香の靴を脱がせた。下手に肌に触れないよう、ゆっくりと丁寧に。靴下まで脱がせるか悩んだが、やめておいた。


「足、動かせるか?」


 彼女はなにも口にはせず、静かに首を振った。

 やっぱり無理だよな……クソ、オレが余計なことを言わなければ……。

 後悔の念が生じる。絢香がまさか手を離してしまうなんて思ってもみなかったが、発言の時と場合を考えなかったオレのせいだ。


「とりあえず、あそこに電話かけてみるか……」


 オレはスマホを取り出して、番号を入力する。呼び出しボタンを押して、コールが鳴り始める。


『消防庁救急センターです――』


 オレには絢香の容態を見極めることができない。

 昔、母に救急車を呼ぶ判断がつかない時は「消防庁救急センター」へと電話をかけろと教えられた。


『どうされましたか』


 今起きた出来事を一から十までしっかりと説明し、判断を仰いだ。


『自力で立てない、歩けないのであれば救急車を呼んで頂いて構いませんよ』


「ありがとうございます。本人は立ち上がれないと申し出ているので、そのまま呼んで頂いてもいいでしょうか?」


 絢香の目尻に涙が溜まっているのを見れば、どれくらい痛み苦しんでいるのかはわかる。


 今に泣き出してもおかしくないだろう。それを必死に堪えているのは彼女のプライドか、我慢強さか。


『かしこまりました。では住所を――』


 スマホで位置情報を表示し、それを伝える。

 もう一度礼を伝え、通話を終了した。あと五分もあれば救急車は到着するだろう。


「もう少しだからな、それまで頑張って」


「……うん」


 オレは非力にも、彼女の傍に座って頭を撫でてやることしかできなかった。

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