第6話 女帝、私か私以外か

 目を開けると、そこには超絶美少女がいた。整った鼻梁に、きめ細かい肌。少し口元を緩めているところもまた可愛らしかった。

 体育館の壁を背に座るオレにスマホを向け、彼女はひたすらと画面をポチポチと連打している。


 ……なにしてるんだ、コイツ?


 眠りの船旅から帰還したオレは、ゆっくりと意識を覚醒させていき――


 パシャッ、パシャッ、パシャッ、パシャッ。


 ――彼女がなにをしているのか、ようやく理解した。


「おい⁉ お前なにしてるんだよ⁉」


「なにって、彼氏の寝顔を撮ってただけだけど」


「消せ! 今すぐ消せ!」


「死んでも嫌」


 取り澄ました顔をして、断固拒否される。

 死んでも嫌ってこいつ、写真を消されるくらいなら死ぬってことか……? どれだけオレのこと好きなんだよ。


「スマホの背景画面に変えとこ、っと」


「おい、それはやめろ」


「大丈夫よ、ホーム画面だけにしておくから。パスワードを知っている私にしか見られないわよ」


「他の奴には見せないってか」


「ええ」と、彼女はさも当然かのように答える。

 どれだけ独占欲発揮するんだよ、ちょっと怖ーよ。

 そのうち、オレに近づく女を片っ端から殺していきそうな勢いだ。法を破るようなことはしないだろうと祈る。


「はぁ、ったく……。ていうか絢香、オレが起きるまでずっとここにいたのか?」


「うん、悠真くんの寝顔をスノーで加工して遊んでた」


 スノーとは、写真撮影する際に色々と加工することが出来るアプリだ。

 顔の輪郭や、光の彩度など様々な要素を加工可能だ。プリクラのスマホ版といったところか。


「それ、盗撮だぞ」


「彼氏の寝顔を撮っていただけよ、犯罪じゃないわ」


 しれっと法律を変更する絢香。

 もし別れ話を持ち出せば、盗撮画像を材料にして恫喝してきそうだ。


「オレが訴えでれば、一年以下の懲役か100万円以下の罰金を支払うことになってたんだからな」


「でも、悠真くんはそんな事しないでしょ? 私のこと好きだもんね」


「もういい……オレ以外には絶対するなよ? それと、今何時だ?」


「するわけないでしょ」


 そう言い、彼女はスマホで時間を確認する。

 それもそうか、コイツはオレと同じで他人に興味ないもんな。失言だった。


「ちょうど二時ね」


「そんなに寝てたのか……」


 一時間とちょっとの間、オレはぐっすり寝ていたことになる。

 学校敷地内は運動場を除けば地面は全てコンクリートで作られている為に、制服もあまり汚れず、多少寝心地さは悪いものの普通に寝れるのだ。むしろ寝すぎてしまったくらい。

 四月下旬に差し掛かる今の外の気温は、日中であれば20℃を軽く超える。肌寒い、なんてことも今の時間なら感じない。


「悪い、長い時間付き合わせて」


「いいよ、その代わり悠真くんのスマホに入っている写真を少し触らせてもらったけど」


「――……は⁉」


 取り急ぎ、地に落ちてた自分のスマホを確認する。

 アルバムを開くと、まず目についたのは沢山の写真が消されていたことだ。

 沢山の、というのは言葉通り本当に沢山で、仲の良かった人とのツーショットから集合写真、それから芸能人の単独写真、後は口には出せない趣味の写真。

 そして、どの消去された写真にも共通してあることがあった。それは――


「――女が……」


 そう、女が写っている画像が片っ端から消されていたのだ。


「おい……なにしてるんだよ……ゴミ箱にも削除した写真が残ってないし……」


「復元できないようにしっかりとゴミ箱の画像も消しといたわ」


「消しといたわ、ってお前な……」


「彼氏のスマホに入ってる女の画像を削除するのは彼女の務めよ。文句があるなら聞くわ」


 雄弁に語る絢香。


「文句というか、オレにだって大切な写真あるんだよ」


「それって私より大事なこと?」


「いや、それとこれとは――」


「私か私以外か! どっちの女を選ぶの!」


「いやそんなこと聞かれても⁉」


 どこかの某ホストの、「俺か俺以外か」みたいなことを言われても困るんだけど⁉ お前は女帝かなにかか‼

 だが、オレにだって見られて困るものもある。そこは最低限でいいから配慮してほしい。


「はぁ……せめて一声掛けてからにしてくれ」


「えっちな画像を見られたのがそんなに恥ずかしかったのかしら?」


「ッ――⁉」


「図星のようね」


 ……コノヤロウ……いつか絶対泣かす。臥薪嘗胆しようがなんだろうが、泣かすったら泣かす。


「くっ……でも、お前だってオレのことが好きすぎてそんなに束縛してるんだろ?」


「う、うるさいわね……だ、ダメなの……?」


 一番付け入りやすそうな仕返しをすると、思いの外いい反応をした。

 先とは様子がまるで別人だ。口調も訥々になり、座り方を正座に変えて視線をオレから逸らした。ぎゅっと手を握りしめて、膝の上に置いている。


「ダメじゃないよ、そういう所も可愛いし」


「うぅ……ばか……」


 みるみる顔を赤らめていく。


 やば……可愛い……。

 オレが絢香の内面的な部分を初めて評価した瞬間だった。


「……好きなんだから……仕方ないでしょ…………」


「うん……オレも好きだよ」


 好きだよ、なんて意味もわからない言葉を吐き出す。


 日を重ねる毎に、そして付き合い始めて絢香の思考や性格が顕著に現れた。正直、独占欲の塊だったのはドン引きしたけれど、彼女に惹かれる部分も確かにある。

 だけど、恐らくオレは彼女に付き合うのを止めようと言われれば、素直に首を頷けてしまうだろう。

 好きかもしれないけど、今のオレにとって絢香はその程度の存在だ。


「好き……あほ……」


「あ、好きなら処女かどうか――」


「死ね、最低」


 雰囲気をぶち壊したため、容赦なく暴言を吐かれる。

 こういうのはむず痒い。

 可愛い姿はきっと永遠に眺めていても飽きないだろうけど、それとこれとは別だ。変に罪悪感を感じてしまい、居た堪れなくなる。

 やってることはクズだよな……なんで好きがオレにはわかんないんだよ……クソ……。


「ごめんって、それより授業どうする?」


 話題転換する。もう考えたくもない。


「悠真くんは?」


「オレは今更戻っても仕方ないし、サボって帰るつもりだけど」


「じゃあ私も」


「いいのか? 勉強とか成績とか色々あるだろ?」


「たかが半日授業を受けなかったくらいで成績が凋落するほど落ちぶれていないわ」


 ふんっ、とドヤ顔をキメる絢香。それもそうだ、学校以外でもしっかりと勉強をこなしてるからこその秀才だろう。


「よし、じゃあ一緒に帰るか」


 スマホと一緒にポケットに入れた財布をなくしてないかだけ確認する。


「うんっ」


 オレと絢香は学校の校門を抜けて帰路に立った――。

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