第5話 彼女は処女らしい
「――……本当に私の事好きなの?」
「好きだけど!」
「それならいいじゃない」
どこで失敗したのだろうか。
昨日までは全てが上手くいっていたはずなのに、依然とオレのスマホは住野さんの手中にある。
「わかった……連絡を普段取り合っていない女の連絡先なら消して構わない」
ここが妥協点だ。それ以上は絶対に阻止する……‼
オレだって多かれ少なかれ、女子とラインで話し合うことはある。リアルだけではなく、ネット上で知り合ったゲーム仲間の女だっているのだ。
リアルでいつでも会える人ならともかく、ネットの人の連絡先を完全に失えば再び話す機会を得ることは不可能だろう。
だがしかし、この女がいとも容易く受け入れてくれるわけもなく即拒否される。
「嫌、全部消すから!」
「ダメだって! って、おい⁉ ポチポチしないでくださいお願いしますやめてください‼」
画面をフリック、出てきた『ブロック』の文字を押す作業を何回と続けられる。
「あ、ブロックしてもトーク履歴だけは一通り確認してから消さないとね」
「完全にプライバシー侵害だぞそれ⁉」
「彼女だからいいのよ」
どう足掻いても、「彼女だから」と全てを打ち砕く魔法の言葉でオレの攻撃は無効化される。くッ、チートすぎるだろ……!
「彼氏のお願いを聞いてくれるのも彼女の役目じゃないのか?」
「それとこれとは別です」
勝手すぎるだろこの女⁉
恋愛は好きにさせたもの勝ちって、告白させたもの勝ちって偉い人が名言していたのに⁉ 支配できるって教えはどこにいったんだよ‼ むしろ支配されているんだが⁉
オレは一つ学んだ、恋愛小説なんてモノを参考にして恋愛をするのは間違いだと。参考になるどころか逆効果だ。
もはやオレのスマホを取り返すことなど、一縷の望みも存在しなかった。
「彼氏のスマホ管理も、彼女の役目だと思わない?」
「え、いや……」
あれこれと逃げ道を模索するが、いい答えが浮かばず歯切れが悪くなる。
住野さんって、こんな人だったのか……。
付き合ったことに対して失敗したとまではいかないが、多少の後悔の念が生じる。
そして、二週間ほど前の体育の授業がふと脳裏を遮る。
『そう。ちなみに私はヤンデレメンヘラだから、覚えておいて』
はいはいくらいに流してたけど、アレはほんとだったのか……⁉
そう事前に自己申告を住野さんはしていた。された上でオレは合意の元、付き合ったのだから今更オレが彼女を振るのも道理に逸れてしまう。
「思うわよね?」
「お、おう……でも、よく俯瞰してみてくれ? もし他の恋人が今みたいに携帯チェックしていたらどう思う?」
「普通じゃない? 全国の女子は誰しもがそうしているはずよ。ちゃんと調べたもの」
「ちなみにソースは?」
「私が大好きな病み鬱先生の恋愛小説よ!」
胸を張って、情報源を教えられる。
――って、恋愛小説なのかい‼ オレが読んだ恋愛小説はなんだったんだ⁉
自分が敬愛し、師匠だと思っていた恋愛小説の著作者、オスカー先生はどうやら歪んだ恋愛小説の書き手の病み鬱先生に敗北してしまったようだ。男は女には逆らえないという近世の風習だろうか、性別で有利不利が決めつけられてはたまったものじゃない。
「今度、私の家に遊びに来て。全巻読ませてあげるから」
「お、おう……そのうちな……」
住野さんに悟られないよう、小さなため息を吐く。
てかコイツ、調べたってことは恋愛未経験者なのか……? だってオレと同じことしてるもんな。きっとそうだよ、な? 聞いてみるか。
「ねぇ、住野さんってオレと付き合うのが初めて? 処女なの?」
気になることもついでに聞いておく。
「な、な……っ!」
はにかんでいるのか、青筋を立てているのか。
どちらかは見当もつかなかったが、すぐ理解した。
「――なに言ってるのよッ‼」
住野さんからの強烈な右ストレートが、綺麗にオレの頬にクリーンヒットする。オレのHP残量は100だったが、120のダメージを受けオーバーキルされる。
きっとゲーム内なら、復活の呪文を唱えなければそのままバッドエンドだろう。
「いったいんだけど⁉ オレ、なんか気に障ること言ったか⁉」
「自分の胸に手を当てて考えて!」
言われるままにしてみるが、やはりなにもなかったはずだ。オスカー先生の「処女の有無は重要だ」というセリフしか出てこない。
だが、強烈な痛みのおかげで屈託な気持ちも多少は払拭されたかもしれないな。
「それより処女かどうか――」
「うるさい死ねッ!」
歯が折れそうになるくらい、素早く鋭い左パンチを食らった。
そんなに細い身体なのに、どこから力が湧いてくるのだろう。運動神経がいいから、体重移動が上手なのだろうか。
それより瀕死の相手を更に痛み付けるなんて、なんて情のない女なんだ。どっかのワンパン男より凶悪じゃないか。
「だから痛いってば! この暴力女!」
「彼女にそんなこと聞く貴方のが最低よ!」
「別に未経験かどうか聞いてるだけだろ!」
「恋愛は未経験よ! それでいいでしょバカ!」
「教えてくれてありがとうございますこのアホ!」
付き合って初日にこんな言い争いをするカップルがいるだろうか。いや、いないだ
ろうな……これはこれで、この先上手くやっていけそうだけど……。
それよりも――
「はぁ……ひとまず、スマホ返してもらってもいいか? 二人だけどうしても消してほしくない奴がいるんだ」
顔をしかめて、怪訝そうに理由を尋ねられる。
「そんなに大切な人なの? ちなみに誰?」
「ああ、一人はゆかりの彼女だよ。新庄みちるって、耳にしたことくらいあるだろ」
「そう……天草くんの彼女さんだったんだ、新庄さんって」
「みちるのことはわかるんだな、知り合いか?」
「全然。ただ騒がしい子だからよく目につくだけ」
「そうか」
みちるは学校内ヒエラルキーの頂点に立つと断言していいほど有名人物だ。それもオレと住野さんと同等レベルで。カースト上位の同級生を知らないのもおかしな話か。
「それで、もう一人は?」
「ネッ友だよ。リアルじゃ会ったことすらない、ただのゲーム友達さ。どっちも車の
両輪のような存在なんだ」
「ふ~ん……そっか、わかった。じゃあその二人だけは許してあげる」
多少不服そうな箇所は見受けられたが、納得はしてもらえたようだ。
「ああ、ありがと。助かるよ」
二人の連絡先だけ伝え、あとは自由にスマホを弄らせた。
きっと、手元にスマホが戻ってきた暁には連絡先が20人30人と激減していることだろう。悲しいな……大して話さないやつばかりだからいいけど。
「はい、スマホ返すわ。これから週一でチェックするから」
「…………はい」
尻に敷かれる男子は彼女と長続きすると言うし、案外住野さんとの相性は悪くないのかもしれない。傍若無人な暴君なら、とっくに別れを告げていたことだろう。
「あ、それと、これからは下の名前で私のこと呼んで貰っていいかしら?」
「付き合ってるのに苗字呼びってのも確かに変だな……わかったよ、絢香さん」
「ううん、絢香でいいよ悠真くん」
「ああ、絢香」
初めて下の名で呼び合い、慣れない恥ずかしさに襲われる。
それを紛らわし、場を和めようと絢香に話しかけた。
「やっぱりセックスって未体け――」
「――黙って死ねッ‼」
顎下に渾身の一撃――ナックルパンチが炸裂した。
怒りを露わにするということは、処女ということだろう。
オレは意識が遠のき目を閉じた。次の授業、間に合うかな……。
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