第4話 恋愛計画ノート

 オレは学校の休憩時間中に、一冊の新品のノートと油性ペン、それからシャーペンを机の上に取り出した。

 このノートと油性ペンは体育の授業で散々なめに合わされた、昨日の放課後に文房具屋で購入してきたものだ。


「ユーマ、なにしてるのさ〜?」

 前方の席に座るゆかりがこちらに振り向き、興味津々に見つめてくる。


「見たらわかるだろ」


「見てわかんなかったから聞いてるんだよー」


「ゆかりって案外バカだよな」


「放課中に必死になってノートに変なこと書き込んでるユーマのがバカで頭のおかしい人だと思うけど!」


 ぐうの音も出ない至極真っ当な正論が返ってくる。

 ちなみに、「放課」というのは「休み時間」のことで、ここら辺の地域限定の方言だ。「昼休憩」のことを「大放課」と言う人間もいるため、これを他県で常用すると十中八九、放火魔と勘違いされる。


「バカと天才は紙一重っていうし、もはやオレは神だな……っと、よし! できた!」


 カチッと油性ペンのフタを閉じる。

 ノートの表紙には――


「恋愛計画ノート……? なにそれ?」


 そう題名が書かれている。


「恋愛計画ノートだけど?」


「それは見たらわかるって」


「でもお前、さっきは見てわかんなかった――って、いて」


 すとん、とゆかりのチョップがオレの頭部に炸裂した。

 コイツ力弱いし全然痛くないから別にいいんだけど、手出すことないだろ……クソチビめ。

 オレが痛いと言ったのは、手荷物をどこかにぶつけて反射的に痛いと叫んでしまうあれと一緒だ。


「……おい、なにするんだよ」


「別に! ちょっとムカついただけですー!」


「ったく、これだからお子様は。すぐ感情的になるんだから」


 やれやれといった感じで、オレは顔の横に両手を持ってきた。


「チビって言った? ねぇチビって言った? 激おこだよ⁉」


「一言も言ってないだろ⁉ そんな人情薄くねえよ!」


 まぁ心の中では言ったけど。


「そうですか〜。で、それなんなの?」


「ああ、これはオレの恋愛計画を記すためのノートだ」


 とある恋愛小説で読んだことがある。

 恋愛とは、好きにさせたもの勝ちだと。つまり、自分のことを好きにさせて、告白させる。そうすることで、相手のことを支配できると。

 そのためには試行錯誤し、計画を綿密に練って行動を起こすことが大事だと。

 その役割を担うのが、このノートということだ。


「えーっと、要するに好きな人が出来たってこと? ――え⁉ ユーマ好きな人できたの⁉ 嘘でしょ⁉」


 オレの机をバンッ、と叩きつけて反応してくるゆかりの勢いにたじろいでしまう。


「ま、まあな、一応」


 と答えたものの、オレには好きな人が出来た経験が一度もないため、これが恋心なのかは正直定かではない。気になっている、という方が正解かもしれない。

 てかお前、失礼過ぎるだろ……泣くぞこの野郎……。

 オレの心情などお構いなしに、このクソチビ幼なじみは荒々しい語気で質問攻めしてくる。


「誰! 誰を好きになったの! どうして好きになったの! なんで⁉」


「おい、まるでオレが女子を好きになるのが異常みたいな物言いだな」


「だってユーマだよ――って、痛い……」


「お返しだ」


 コツンとゆかりの頭にチョップを食らわせる。


「むーっ……それで、相手は誰なのさ」


「ああ、誰にも教えるなよ?」


「勿論さ」


「住野絢香――」


 コンマ数秒も経たないうちにゆかりは、


「――住野さんのこと好きなの⁉」


 大声でそう叫んだ。


「お、お、おおおおおおいっ⁉ お、お前謀ったな⁉」


「ご、ごめんごめん……ビックリしてつい……」


 教室内には生徒がごった返している。ほぼ間違いなく、全員の耳に入っただろう。それくらいゆかりの声は轟いていた。


「はぁ……全く……」


 昼休憩ではなく、ただの授業と授業の合間の休憩時間に恋愛計画ノートを作成した自分を呪った。昼休憩であれば、クラスの大半は食堂や購買に足を運んでいたのだが……最悪だ。

 すでにクラスメイトに耳目を集められ、アイツ住野さんのこと好きだったのか? とオレの話で話題持ち切り状態だ。

 洒落にならない……多方向からの視線が鬱陶しい。もう早退するか?


「よし、帰るか。ゆかり、今度お前の奢りで飯な」


 その選択に至るまでには、そう時間はかからなかった。


「ええ⁉ なんで⁉」


「なんでもクソもない! 帰るったら帰る! オレがそう決めた!」


「そ、そう……」


「あ、ちゃんとクラスの奴らに今の話はなかったことに……いや、他言するなって言っとけよ。お前なら出来るだろ?」


「わかったよ……今回の件に関しては僕が悪かったし」


「じゃ、そういうことだから」


 オレは教材を鞄に詰め込み、逃げるようにその場を立ち去った。ゆかりに有無を言わさずに、早々に自宅に帰ってきたわけだが逡巡している。


「どうするかな〜」


 学校の硬く座り心地の悪い椅子とは一転、自室のゲーミングチェアにもたれかかっていると、精神が綿のように疲れたのも相まってまんじりしそうになる。いかんいかん。

 勉強しやすい環境を父が整えてくれたが、逆に良すぎて居眠りしてしまうことがしばしばあるのだ。


「始めは肝心だよな。起承転結の起承に当たる部分だし、上手く進行させないとな」


 デスクの端にノートパソコンを寄せて、オレは鞄から恋愛計画ノートを取り出した。

 表紙を手にし、一ページ目を開く。このページは目次を記すつもりだ。


「最後のシナリオだけは頭に浮かんでるんだよな」


 なので、それまでのストーリーをここに書き込むだけなのだが、なかなかどうしてパッと浮かび上がるものがない。

 小説家には向いてないな、オレ。発想力無さすぎだろ。


「……まぁ、なんとかやってみるか」


 恋愛計画ノートは一週間の期間を予定している。ひとまずは思いついている最終ページから埋めていくことにした。


「アイツらの名前、なんて名前だったかな……」


 ヒロインが落ちる瞬間はなんと言っても、悪者からヒロインを救う正義の主人公が現れた時に限るだろう。


 だがしかし、困ったことに悪役に抜擢する予定の人物が思い出せない。苗字は確か……。


「ライン追加してたかな、中学の時に」


 ふと、一昔前のことを思い出す。

 中学からの同級生で、入学式の日に多数の人と連絡先を交換した。今も同じ高校に通っている。


 急いで自分のスマホから確認すると、悪役に仕立てる予定の三人はバッチリと連絡先に残されていた。

 懐かしいな……あんま喋ったことなかったけど、ヤンチャだけは得意だったかな、コイツら。その癖、勉強はまぁまぁ出来るし。


『久しぶり。ちょっと明日、用があるから朝早めに学校来て欲しい』


 三人のうちの一人に簡潔に、それからオレが好意を持っていると勘違いされないよう「話があるから」ではなく、「用があるから」とラインを送った。

 善は急げという奴だ、アイツを落とすために行動はなるべく早めにしておきたい。


「よし、とっとと終わらせるか!」


 別にメモ用紙を用意し、やることリストを箇条書きで記入していく。

 最低でも、最終日までに友達以上恋人未満の関係を築く。それが目標だ。

 そして恋愛計画ノートが完成し、計画を実行してから一週間が経った――――。 

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