第3話 イケメンは秀才美少女に敵わない

 住野さんに押され引かれ、誘導されて一歩、また一歩と舞う。

 オレと彼女のダンスに騒然として皆は魅入っていた。体育の授業であることなど、思考から遠のいているようだ。先生も同様に、ただ見つめているだけ。

 さながら演劇をしているようだ。悠々堂々と舞台で踊る王子のような心地良さに駆られながら、オレは彼女に質問を投げかけた。


「一つ聞いていいか?」


 踊りながら、コクリと首を頷ける彼女。


「なんで他の奴と組まなかったんだ?」


「似た者同士だから、私と菅田くんって。他の男子と組むと面倒なのよ。だから貴方にしたの、意味はわかるわよね?」


「要するに、オレなら住野さんに粘着しないってことか」


 彼女が別の男子を人選しようものなら、告白される回数がまた一つ増えてしまうということだろう。似た者同士というのは他人に興味がない者同士ということ。オレならと見込んだわけだ。

 しかしコイツ……オレのことをよく知っているんだな。話すのは今日が初だというのに。

 ボッチ特有の観察眼だろうか。ボッチは人間関係諸々に敏感だからな。オレはボッチじゃないけど。彼女いない系リア充だから。大事なことだから二度言うけど、ボッチじゃない。


「そうよ。面倒ごとは最小限に済ませたいの。バカな男子どもがさっさと匙を投げてくれればいいのだけれどもね」


「それは無理だろ、バカだから」


「その通りね、男子だけじゃなく女子もだけれど。貴方のでいつも話題は持ちきりだから」


「別にどうでもいいけど」


「毎週のように告白の立て続けじゃない? 私と同じで」


「どうだろうな」


「やっぱり似ているわね。他人に関心ないところがそっくりだわ」


 それ以降、オレが彼女に返答することはなかった。

 回答が得られたため、これ以上話すこともあるまい。周りに変に勘違いされても困るし――この女への興味もなくなった。


「それでだけど――今の話が建前だったらどうする?」


 ぎゅっと強く手を握りしめられて、彼女に意識が向いた。


「……建前って、どういことだ?」


 つくづく、おかしなことを言う女だ。なんなんだコイツは……。

 今の発言は素で、本心から出てくる言葉だと思ったが違うらしい。それとは裏腹にまだ隠している答えがあると言う。


「あら、興味湧いた? 菅田くんって意外と単純なのね」


 観衆から見ればただの笑顔に見えるだろうが、目先にいるオレは彼女が扇情的にせせら笑いしているのがハッキリとわかった。


 このクソアマ……ッ‼


 オレをからかいの対象にして玩具にするなら、それに対する行動は一つ。電池切れで動かなくなった玩具、壊れた玩具のように無反応を貫き通すだけだ。


「別に無視していてもいいわよ、勝手に話すだけだから」


 それすら読まれていたかのように、彼女は流暢に言葉を紡ぎ始める。


「本音はね、こうしている事が答えなのよ。男子の中で学校一人気な菅田くんと近くにいることがね」


 全く意図が伝わってこないことを口にされ、どういうことだと聞き返しそうになったのを喉元で堪えた。こちらから問わなくても、勝手に答えてくれるだろうから。


 予想通り彼女は饒舌に話し進めた。


「こうやって一緒に踊っていれば、周囲は私たちが恋人……あるいは互いに気があると思い込むでしょ」


 ……ああ、そういう事か。

 つまりは、オレたちがそういう仲だと周囲に広めることで――


「そうすることで、寄ってくる男子どもを軽減することができる」


 ――面倒ごとを更になくそうという算段だった、というわけか。


 この女は毎週のように告白されていると言った。オレもそうだ。

 好きでもない男に、興味のない他人に何度も何度も告白されるのに耐えられなくなるのも理解出来る。

 例え興味がなくとも、告白を断るのには罪悪感を抱くし、目の前で泣かれたらどう対応していいのか、どうするのが正解なのか未だにわからない。

 それを繰り返すのは、面倒以前に精神的にしんどいものがある。


「もちろん、この状況を生み出せたのは偶然の産物よ。運がよかった。男女合同で体育をすると知らされた瞬間に、私はこの案を閃いたの」


「……まんまとオレはいいように使われたってわけか」


「そうなるわね。でも、これは貴方にとってもプラスになることでしょ? ウィンウィンじゃない」


 確かに……と、住野さんの耳に入らないようボソッと呟く。

 さながら、慧眼の持ち主といったところか。住野絢香のポテンシャルが測れた瞬間だ。噂以上に頭脳明晰らしい。


「……別に頼んだわけじゃない」


「あら、ツンデレなの? 男に需要はないわよ」


「ああ、ツンが100パー、デレが0パーだけどな」


「そう。ちなみに私はヤンデレメンヘラだから、覚えておいて」


「あーはいはい、怖い怖い。そのうち刺されそうだな」


 彼女の思惑通り使われたことに対して、どこか『負けた』、『やられた』と悔しい感情が募る。

 やり返す、というわけでは無いが、つい反抗的な態度を取ってしまった。

 なんだ、これ……クソ……。

 今までに抱いたことの無い様々な感情が葛藤し、筆舌に尽くし難くなる。


「意外と可愛いところ、あるんだ」


「…………」


「イケメンなのに、顔を赤らめて結構うぶなのね」


「……うるさい」


 手練手管に操られたことに全く気づかなかった恥からか、可愛いと言われたことに対しての照れか、はたまた両方か。

 彼女の言葉で、無意識のうちに赤面になっていたことに自覚させられる。

 そもそも鏡を持ち合わせていないため、自分の顔が赤くなっているのかもわからない状況だ。住野さんのハッタリかもしれない。


「皆に可愛い顔が見られちゃうわよ」


「……可愛くないし」


 必死に顔を隠そうにも、両手は踊っている最中なため使用することができず、どうしようもできない。

 ホントになんなんだよ……ムカつく……住野さんって、こんなキャラだったか……?


「ほら。私に相応しい王子様っぽく頑張ってよ」


「オレは住野さんみたいな身勝手なお姫様を相手にしたくはないな」


「あー、そういうこと言うのね。こんなに可愛いのに」


「ああ、幾らでも言ってやるよ」


「そっか。私は菅田くんみたいな王子様の相手をできて嬉しいけど」


「ッ――⁉」


 流石のオレも、そろそろ勘づいた。きっと、住野さんにどれだけ反抗しても敵わないのだろうと。

 オレは体育の授業が終わるまで、買ったばかりの新品の玩具で遊び尽くすように、彼女に弄ばれた。

 今までに興味のある人間が現れたことなど、片手で数えるくらいにしかいなかった。しかしながら現在、彼女がその片手の中に入れられることになる――。

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