第2話 合同体育

 晴天に見舞われた太陽の元、オレのクラスともう一クラスの計二クラスは運動場で整列して体操座りをしている。

 進級してから初の体育の授業。だがしかし、女子体育担当の教師が体調不良で欠席らしく、オレら男子と女子は合同で授業を行うことになった。


「――ということで今日は初授業なのでオリエンテーションをしますー。はい、なにかやりたいこととかあれば教えてくれー」


 中年太りの四十代後半くらいの男が、気だるそうな口調で皆に投げかけた。

 ……いやいや、お前教師なんだからそれくらい自分で考えろよ。

 ウチの高校は良くも悪くも自称進学校だ。適当な授業に辟易とする者も少なからずいるだろう。


 なにより、アイツの不真面目でやる気のなさだ。オリエンテーションなどと抜かしているが、目は口ほどに物を言う。態度の悪さがとても感じ取れた。

 大方、男女合同では試験内容の授業を進行できないと踏んでいるのだろう。クソ教師だな。


「せんせー! おセッセしたいです!」


「はいはい、そーいうのは彼女作ってやろうなー」


 見知らぬ生徒が恣意的に冗談混じりな発言すると、先生に軽く流された。

 見知らぬという言葉に語弊を感じるかもしれないが、体育は二クラス合同で行われるのだ。他クラスの生徒なので、実際に名前を知らないのも無理はない。ちなみに、オレら一組と合同で行うクラス相手は六組のようだ。

 その見知らぬ男子は新学期早々ということもあり、注目の視線を浴びたかったのか、大半の女子から侮蔑の眼差しを向けられているのにも関わらず高笑いしていた。


「ないね、ああいうの。ただただキモい」


 隣に座る親友の天草ゆかりも、この空気に同情してオレに耳打ちしてくる。「ああ」とだけ彼に相槌を打った。

 たまに居るよな、冴えないルックスのくせに陽キャっぽく自演している奴。ほんとダサい。


「モテない奴の気持ちは全くわかんねーな」


「あはっ、それは僕とユーマだから言えることでしょ?」


「残念ながらオレはモテたくてモテているわけじゃない。むしろ迷惑、興味のない相手に好かれてもなー」


「そういうのはさー、せめて好きな人作ってから言おーよ。好きな人できたことないくせに」


「それを指摘されると耳が痛い」


 高笑いする男子生徒、沈黙の皆、その合間を割ってオレとゆかりはコソコソと談笑していた。


 トップカーストであるオレとゆかりに口ずさむ輩はそういない。校内ヒエラルキーの頂点に位置することは、すなわち王様であるに等しいからな。

 これを鼻にかけるつもりは毛頭ないが、他の追随を許さないくらいにはルックスに自信があるし、なにしろオレとゆかりのファンクラブがあるという噂さえ耳にするのだ。


 まぁ一括りにまとめると、学校内の人気者ということだ。


「そろそろ彼女作りなよユーマ。その年で童貞は恥ずかしいよ? まずは親しい女友達を探すところから始めなくちゃ」


「うっせ。第一、仲良い女子は山ほどいるんだよ」


「それってユーマにとっては群がってくるどうでもいい女子のことでしょ?」


「そうそう、有象無象の塊だね。これっぽちも興味ないな」


 実際、告白されてもなんとも思わないのだ

 寄られるよりも寄り添いたい、追いかけられるより追いかけたい。それが男というものではないだろうか?

 あの手この手を使って好きな女を落とす。つまるところ、オレは自分が好きになった女子としか付き合う気がないのだ。


「はぁ……まぁ、ユーマは自分が好きになった相手にしか興味ないもんねー」


「流石はオレの幼なじみ。よくわかってるじゃん」


「なんでもお見通しさっ!」


 可愛らしい垂れ目を大きく見開き、あざとくゆかりは言い放った。

 産まれた頃からの付き合いの親友は、手を握り親指を立てて「グッジョブ!」と謎のアピールをすると、


「はいはい、そこお喋りはやめようなー」


 すかさず先生から口止めが入った。

 ちぇー、とオレとお揃いで整えているウルフヘアの髪をくるくると触りながら拗ねるゆかり。


 163センチしかない低身長に華奢な身体付き。仕草も可愛い。高く幼い声質――俗に言うショタボで若干女の子さを感じる。訂正、男の娘。


「また後でな、ゆかり」


 親友に最後に一言そう声をかけ、再度静寂が訪れる。そして少し間を開けて、白けた雰囲気を一蹴するように透き通った声の女が発言をした。


「先生――ダンス、なんてどうでしょうか?」


 発言主の彼女は他人への無関心を貫いているオレでも知っている人物だった。

 学年一の秀才美少女、住野絢香だ。校内生徒で彼女の名を耳にしない者はいないだろう。


「ダンスか……?」


「はい。と言っても、サルサやキゾンバ、ブラジリアンズークですけど」


「なるほどなー、それなら男女合同でできるか。よし、じゃあ今日はダンスの授業にしますー」


 サルサやらキゾンバやら、謎の単語が並べられて一同は頭にハテナを浮かばせた。復活の呪文かなにかか?

 それを察したのか、先生は「王子とお姫様が一緒に踊るアレだよ」と説明し、皆はなるほどと理解した。


「先生、動画流してください。さすがにスマホくらい持ってますよね?」


 彼女の指示通り、先生はスマホを手に取り、某動画サイトで乱舞している姿を流し始めた――。


「じゃあ皆は男女でペアを作ってくれー。男女の数は均一だからあぶれることはないぞー」


 ……は? これって女と踊るヤツか……? ゆかりと適当にサボろうと思っていたんだけど……。


「では始めー――」


 先生が合図すると、一斉に仲の良い者同士で固まり始めた。


「じゃあねユーマ」

 不義理を働いたゆかりは、裏切るようにそそくさと女の元へ去っていった。……薄

情者め、彼女にチクってやる。

 着々とペアは組まれていき、無惨にも取り残されたのはオレと――

 ――住野さんだけだった。


「菅田くん、残り物同士だね。よろしく」


 なんでコイツがまだペア組んでないんだ……? 男子から引っ張りだこだろ、住野さんって。


「あ、ああ……」


 嫌な巡り合わせだな……こんなことで苛まされるなんて……。

 羨望の的になるのは目に見えている。今日一日は、オレと住野さんの噂が吹聴され話題になるだろう。

すかさず悪態をつく輩が数名。生意気だの、調子乗ってるだの誹謗中傷の声が飛び交った。だが一貫してその憎まれ口はオレにだけ的当てされたわけではなく、住野さんへも標的とされていた。


「悪いけど、被害こうむってるのは菅田くんだけじゃないから……」


「……そうみたいだな」

 それについては素直に謝罪した、心の中で。どうやらお互い様のようだ。

 オレと彼女が最終ぺアで、間も無く心地よいリズムな曲調の音楽が響いた。それに合わせて、皆ヘンテコな踊りを始める。

 住野さんもオレに向けて手を差し出してきた。さっさとしろと示唆されているようだ。


「ほら、私たちも早く始めましょう」


 オレをそっと彼女の手と腰に触れて、舞い始め驚愕した。

 ――……へぇ、凄いな。

ダンスなんて微塵も経験がないオレが、住野さんにしっかりとリードされて綺麗に動かされていることに瞠目した。

 グダグダになって何度も中止する、そんな予想は簡単に覆させられてしまった。


「住野さん、習ってたんだ」


「昔ちょっとね。力を抜いて、自然に合わせていればいいから」


 二クラス全員の視線は瞬く間にオレたちに寄せられて、オレは住野さんに身体を預けた。

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