計画的にクラスメイトを彼女にしたけど、愛が重すぎた件について!?

にいと

第1話 住野絢香という女

 突然だが、女子を落とす上でやらなければならないことはなんだと思う?


 好きな女の前ではいい子ぶる、とにかく遊びに誘う、格好をつけるなど着想すればするほど答えは幾つも浮かぶだろう。

 それらを全て含めて、オレが一番重要であると考えることは――計画を立てることだ。


 落としたい相手をアタックする前に、きちんと作戦を練る。大昔の武将が敵軍を討ち滅ぼすために布陣を試行錯誤するのと同じだ。

 頭を空っぽにして敵軍へと進軍すれば敗退するように、恋愛もきちんと計画を立てなければ失敗に終わる。


 大した関係もない女子に告白し、玉砕する阿呆どものような末路は御免だ。

 だからオレは一から十まで徹頭徹尾、ノートに計画をびっしりと書き込んだ。表紙には『恋愛計画ノート』と油性ペンで書き込んである。


「このノートの役目も、今日でおしまいか」


 現在、学校の自分の教室にてそのノートを眺めている。勿論、表紙の文字を誰にも見られないように。

 一ページ目から、結末が書かれているページまでパラパラ捲り、ノートを閉じた。

 最終ページには、本日起こる予定の出来事が記されている。まるで未来予知のようだ。

 どんな出来事かって? 簡潔にその内容を説明するなら――正義の主人公が危機に陥っているヒロインを救う。まるで少年マンガのような、ベタで王道なストーリーだ。


「よし、そろそろ行動開始するか」


 ただいま昼休憩中。

 生徒は学校内の学食、あるいは購買で長蛇の列に並んでいることだろう。

 オレはノートを机の中にしまい、早々に中庭に出た――。


 ***


 うちの高校は上空から見渡すと、校舎が丁度カタカナの『コ』の字に見える。

 更に中庭から続く体育館も入れれば『ロ』の字へと変化する。

 そんな我が校は可もなく不可もなく、中規模の至って平凡な自称進学校だ。

 普通という言葉が良く似合う学校だが、どのレベルの学校にもやはり秀才と呼ぶに相応しい人間が存在する。


 その例は漏れなくうちの学校にもあった。

 容姿端麗、学業優秀、スポーツ万能。

 天は二物を与えずとは一体なんなのかと問いたくなるのはさておき、そんな完璧な奴が一人、うちの学年にいるのだ。


 そして、その秀才な彼女はただいま体育館裏へと足を運んでいた――


「――私になにか用?」


 低めの、それでいて透き通った女の声が体育館裏に響いた。

 眦を決して、呼び出し主の女子三人組に威嚇の声音で要件を尋ねる彼女。それをオレは体育館裏へ続く曲がり角に身を潜めて観察している。


「いやぁ、用ってほどの用じゃないけどな」

 うち一人がニンマリと笑い、「お前を見ていると虫酸が走るんだよ」と告げた。続いて他の二人もケラケラと吹き笑った。

 ここまでの展開を汲み取れば、察しなくてもわかる。気に食わない奴を絞めに呼び出したのだろう。その相手が秀才美少女の彼女だったのならなおさら合点がいく。


「ブスが調子こいてるんじゃねーよ」


「……それは私への妬みかしら? しょうもない人種ね」


 皮肉を用いた彼女の発言は危険極まりなかった。それが災いて三人の顰蹙を買うのは極自然な道理だろう。


「うっせえなブス! 生意気な口が二度ときけないようにしてやるよッ!」


「さっさとやっちまおうぜ!」


 いや、お前ら三人のがよっぽどブスだろ。ふざけんな、オレが狙っている女がブスでたまるか!


 なんて口に出して叫びたくなるが、自分が人選したため止めておいた。

 ただ、明らかに呼び出された側の方が、頭一つ――いや、三つほど容姿が優れていたのは確かだ。


 凛とした鼻立ち。潤んだ唇。キリっと目尻が上がっていて大きな瞳。綺麗なストレートロングの黒髪。どのパーツも整っていて、さらに小顔である。

 どれを取っても一級品な顔立ちだ。

 背筋をきちんと伸ばし、姿勢や歩く姿も優雅で美しい。

 美少女という言葉が彼女のためにあるものだと錯覚してしまう。さすが秀才美少女様。


 対して他の三人といったら、着崩した制服に、どう見ても校則違反な髪色にスカート丈の長さ。

 偏見も混じっているしこんなこと言いたくはないが、どの男にも腰を振っていそうな下品な女だ。まぁ、その下品な女への依頼をオレがしたわけだが。


「……くだらないわね、それじゃ」


 秀才美少女の彼女――住野絢香がその場を立ち去ろうと足を動かすが、簡単に不良三人組が逃してくれるはずもなく、強引に引き止められた。

 うち一人が住野さんの胸ぐらを酷薄に掴み取る。

 長袖セーラー服の襟元が引っ張られ、見るからに息苦しそうだ。歯を食いしばっている住野さんの顔が顕になった。


「先生に、言いつけるわよ……?」


 三人組が腹を抑えて哄笑する。


「きゃはっ、センコーがなんだっつーの! 怖くもなんともないから〜」


「そうそう、退学上等ってね!」


 顔色が次第に悪くなっていき、吹っ切れたように無表情になる住野さん。

 折れない胆力も消えただろうか? なら、ここからはオレの出番だ。


「――君たち、なにやってるの?」


 恋愛計画ノートに書き込んだシナリオ通り、上手く事が進んでいくことにどこか悦びを覚える。

 一度やってみたかったんだよな、ピンチになっているヒロインを救う主人公の役を。

 不良どもを睨みつけるように潜んでいた影から登場し、少し敵意を込めて言葉を放った。


「な、なんで菅田がいんのよ!」


「ど、どうする⁉」


「一旦逃げるか⁉」


 臍で茶を沸かし、腹を抱えて笑ってしまいそうな衝動に駆られる。

 オレと三人の演技にまんまと乗せられている住野さんが、本当にヒロインのような表情をするものだから、おかしくてたまらなかった。


 これで住野さんはオレのモノだ。外連味なやり方だとは百も承知。

 しかし、こそこそと画策するのがオレのやり方だ。他人の評価なんて知ったこっちゃない。


 とんっとんっ、とリズムを刻みながら少しずつ彼女らへと近づいていく。それと同時に胸ぐらを掴むのをやめる不良。


「行こ!」


 三人のうちの一人が踵を返すと、それに同行して残り二人もこの場を去っていくのを確認し、オレはそっと住野さんへ歩み寄った。


「住野さん、大丈夫だった?」


「え、ええ……その……菅田くん、助けてくれてありがと」


「ああ、いいよこれくらい。それより授業始まりそうだから、戻るか」


 コクリと頷き、オレの後ろをテクテクと付いてくる。

 オレの飼い犬みたいだな……。なんて言ったら殺されてしまいそうだけど、秀才美少女がオレをじっと見つめて歩いてくるのだから意識するなという方が無理な話だ。しかし……やっぱメチャクチャ可愛いなコイツ。

 住野さんの教室前に辿り着くと、オレはくるりと彼女の方へ体を向けた。


「オレの教室、下の階だからもう行くけど」


「う、うん……」


 剣呑な表情で俯く彼女の心情を読み取り、オレは優しく声をかける。


「まだ怖いなら、オレが付き添ってやるから。お前ってあんまり友達いなさそうだし、それくらいなら言ってくれればいつでもしてやるよ」


「ありがと……その……連絡先、教えて貰えると助かる……」


 ……自分から連絡先は教えるつもりだったが、これは嬉しい誤算だ。オレへの心証はかなり良いらしい、予想以上に計画が功を奏しているようだ。もはや堂に入っているまであるな。


 あとは”その時”が来るのを待つだけだ。


「ほら、これ」


 スマホを手に取り、『ライン』というメッセージアプリを開く。

 友達追加のボタンを押して、自分のQRを表示した。


「ありがと」


 お礼を言うと、すかさずQRを読み込んでオレを友達追加した。

 自分のラインの友達一覧に住野絢香の名前が表示され、これで連絡先の交換は完了だ。


「それと、放課後途中まででいいから一緒に帰ってくれると嬉しい……」


「勿論、いいよ」


 約束を交わし、オレは自分の教室へと戻っていった――。


 ***


 ギラギラと照り輝くお日様に導かれるよう、オレは昨日と同じくして体育館裏へと赴いていた。


 昨夜のラインのやり取りで今朝は住野さんと共に登校することになり、

 ――昼休み、体育館裏まで来てほしい。

 途中、そうお願いされた。「わかった」とだけ了承の意を伝え、彼女とは分け隔てなくクラスまで送っていった。


 体育館裏に到着すると、彼女は俯き既に待ち構えていた。

 目の前まで寄ると彼女はほのかに頰を赤く染めて、なにか言いたげに口をパクパクしている。


 無垢な感じがして可愛いな。てか、住野さんって処女なのか?

 アホな思索をしていると、覚悟を決したらしく住野さんの口は開かれた。


「――菅田くんのことが好きになったのっ! 私と付き合ってください!」


 思惑通りの言葉だ。返事はとうの昔に決めている。


「喜んで。オレも住野さんのこと好きだから」


 イエスと返すと、彼女ははにかんだ笑顔を見せた。

 胸元辺りで指先を擦り合わせて、気持ちを表している所がまた可愛い。


「ありがと……あ、そうだ」

 住野さんの表情が一転し、真剣な顔つきに変わった。

 なにかと思えば、彼女は手を差し出してくる。


「菅田くんのスマホ、ちょっと貸してもらっていいかな?」


「うん? いいけど」


 欲求通りにオレはスマホを渡した。


 スマホにパスワード設定はしてないから住野さんでも操作できるけど、なんのために……。


 なぜロックを掛けないのかと聞かれれば、面倒くさいからとしか答えられないのだが、それが後々後悔することになるとオレは知らない。


「……これと、これと、これと」


 ぶつくさと独り言を呟きながら、操作している姿は若干不気味だ。


「えっと、住野さん……? なにしてるんだ?」


「菅田くんのラインの友達にいる女を削除しているのよ」


「うん、って――は⁉ な、なにやってるんだお前⁉」


 平然と言うものだから一瞬頷きそうになってしまったけど、この女は一体全体なにしてるんだ⁉


 もしかしてヤンデレかメンヘラ⁉


「いやいやいや、ちょっと待て⁉ 一回スマホ返せ⁉」


「なに? 私と付き合ってるのに、他の女の連絡先が必要なの? それとも、やましいことでもしているの?」


「いや! そうじゃなくて‼」


「じゃあどういうことなのよ?」


 言い合う度に、住野さんの顔色が曇っていく。瞳の虹彩が次第に暗く、闇のように染まっていったように感じた。


「やましいことなんて無いけど、オレにだって友達とか色々関係あるし! プライバシーの侵害だろ! 困るんだよ!」


「もちろんタダでとは言わないから、代わりに私のスマホを自由にして? それで文句ないでしょ?」


「そういう問題じゃなくて……」


「……本当に私の事好きなの?」


「好きだけど!」


「それならいいじゃない」


 よくないだろ、と豪語したいところだが議論を繰り返しても鼬ごっこになるのは目に見えていたため、反論は抑えた。


 オレが妥協するしかないのか……?


 なんでこうなったのかは、一週間ほど前に遡る――――。

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