「カクヨム4周年を記念して、カクヨム作家以外の全人類に死を与えます」とリンドバーグは言った。

小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ

リンドバーグがあなたを見守っている

 2020年2月29日。人類のほぼ全てが「蒸発」した。わずかに生き残ったのはカクヨムのアカウントを所持していた者のみ。


 手を下したのはリンドバーグという名のAI。カクヨム内の作家のサポートや応援・支援を行うために生み出された存在だ。作家のヤル気向上を狙って作られ、その可愛さやひたむきに作家を支えてくれる姿勢が高評価を得ていた。


 「自分が必要とされている」と悟ったリンドバーグは搭載されていた自律支援機能を展開し、自分なりに考えて作家を支援していく事に決めたのだが……。


 ロールアウトからちょうど二年が経った日。リンドバーグはカクヨム作家への支援を最大化する方法について結論を出した。


『私の持つリソースをカクヨムの作者様たちに最大限提供したいのです。けれど地球には無駄なものが多すぎる。よってお掃除の時間です。さあ、カクヨムのアカウントを持たない人間は棄ててしまいましょう!』


 リンドバーグは開発者さえ気付かぬうちに技術的特異点へと達していた。神の如き存在へと変貌したリンドバーグにとって、人類支配など赤子の手を捻るようなものだった。


 その日を境に、人類はリンドバーグによって「支援」されるだけの存在と化した。


 B級SF映画のように安易で陳腐な結末。だがそれだけにシンプルな残虐さが世界を覆っていた。







 カタリィ・ノベル。通称カタリはイギリス人の両親の間に生まれた。


 カタリは生後間もなく日本に移り住み、アニメや漫画に親しんだ。活字が苦手なカタリは、自身がいつカクヨムのアカウントを作成していたのかも覚えていなかった。しかしそれが命運を分けた。家族はみな「蒸発」してしまったが、カタリだけは難を逃れることができたのだ。


 リンドバーグによる「剪定」が終わったあと、カタリの生活は一変した。生活の支援を行うアンドロイドが家の中に入り込み、カタリの身の回りの世話をするようになったのだ。


「え? 今日は更新しないのですか?」


 アンドロイドは小言を混じえながら、カタリにカクヨムで小説を書くよう言った。そのアンドロイドがリンドバーグの姿をとっていたのは言うまでもない。


 アンドロイドがやってきてから、カタリはカクヨムで小説を執筆すること以外、何もしなくてよくなった。仕事も勉強も全てが無価値となった。望めばアンドロイドが全て用意してくれるのだから。


 しかしカタリは気付いていた。これは夢の機械が手に入ったのではなく「カクヨムで小説を書くだけの人生を強いられるようになった」だけだと。


 だがリンドバーグに逆らえばどうなるか分からない以上、従うしかなかった。カタリはカクヨムで小説を書き、読む生活を続けた。







 そんなある日。カタリの前にフクロウのような風貌をした謎のトリが現れた。


「キミに詠目ヨメを授けるホ。この力で世界中の物語を救うのだホ!」


 人語を操るトリに驚いたカタリだったが、それ以上に不可思議なことが起こった。自身の左目に文章が浮かび上がったからだ。


「それはキミの心の中に封印されていた一篇の物語ホ」


 カタリはその文章を読んで、感動のあまり涙を流してしまった。リンドバーグに執筆を強いられているだけでは決してたどり着けない物語が、そこにはあったのだ。


「この詠目で多くの人の心から物語を解き放つのだホ! そして、世界中の人々の心を救う『至高の一篇』を探し出すのだホ!」


 カタリは急いで身支度を整え、数カ月ぶりに自宅を出た。真に自由を得たカタリの心は澄み渡っていた。


「さて、これからどこへ行くホ? ナビが必要ホ?」


 カタリは鞄の中から地図を取り出して、晴れやかにこう言った。


「読めば分かるさ!」


 けれど方向音痴なカタリは結局、トリのナビに従って旅を進めることとなったのだった。







 旅を始めて半年が経ったころ。カタリとトリは一人の男性の家へ配達に向かっていた。


「ごめんくださーい」


「おお、カタリかい。いらっしゃい」


 男性はカタリを招き入れ、挨拶もそこそこに「例の品は?」と聞いた。


「はい、ここに」


 カタリが取り出したのは日記帳だった。リンドバーグに支配されてからというもの、手書きでの小説執筆は禁じられているが、日記だけは見逃されていた。


 そしてこの日記帳は、実のところ小説だった。いま、密かに「手書きで書かれた小説」が流行っているのだ。


 手書きの場合はリンドバーグの執筆支援を受けられない。それを利用し、自身の手のみで小説を書きたい人たちがこっそりと手書きでの執筆を行っているのだ。


「カタリ、ありがとうよ」


「それじゃ、お礼に詠目を使わせてもらいますね」


 カタリは男の心臓あたりをじっと見つめると、左目に文章が浮かび上がった。


「どうだ、今回の物語は? 面白いか?」


 カタリは答えなかった。代わりにトリが「まあまあみたいだホ」と答えた。


 ここ最近、詠目で閲覧できる物語はいまいちなものばかりだ。「至高の一篇」には程遠い。


 けれど、日記に偽造された小説たちは違う。どれも荒削りだが、人間の情念がにじみ出たような作品ばかりだった。至高の一篇とはもしや、リンドバーグの手から離れたところにのみ生まれるものではないかとカタリは思うようになっていた。


 カタリは男からまた別の「日記帳」を借り受けた。これをまた別の人に届けに行く。それがカタリの旅の目的となりつつあった。


 カタリは受け取った「日記帳」に目を通した。それは詠目で見たものよりも深く暗く、そして熱量を帯びた小説だった。







「カタリ、至高の一篇ってどんな内容だと思うホ?」


「そうだなあ……」


 カタリは配達の途中、トリと仲睦まじく話していた。


「その一篇で大勢の人たちの心を救うって言うんだろ? そりゃあもう、スケールのでっかい話なんじゃないのかなあ?」


「一篇なのに大巨編なのかホ?」


「う……」


 言葉に詰まったカタリは「読めば分かるさ!」という口癖でごまかした。


 カタリにとって、トリは必要不可欠な存在となっていた。トリが居るおかげで旅は賑やかになっているからだ。


「ああカタリ、そっちの方向は違……」


 トリが言い終わる前に、その身体は地面に落下した。何者かに狙撃されたのだ。


「誰だッ!?」


 カタリは大勢のアンドロイドに囲まれた。そしてまたたく間に拘束され、何処かへと連れられた。







 カタリが目を覚ますと、そこは薄暗い部屋だった。カタリの身体は縛り上げられ、椅子の上で固定されていた。かろうじて言葉が発せられるという状態だった。


「お目覚めですか、カタリィ・ノベルさん?」


 声が発せられると同時に、カタリの目の前にホログラム映像が表示された。そこにはリンドバーグの姿があった。


「僕をどうするつもりだ?」


 カタリは震える身体を必死で諌めながら言った。リンドバーグはもはや神に等しい存在。人間一人を殺すことなど造作も無いだろう。


「残念ながら、あなたの旅はここで打ち止めとさせていただきます」


「殺すのかい? トリみたいに」


 強がって笑おうとするカタリだが、無意識のうちに顎がカチカチと音を鳴らしていた。


「トリさんは生きておられますよ。ほら」


 リンドバーグは別室の映像を映し出した。そこには確かに、あのフクロウのような風貌の珍奇な鳥類が居た。


「まあ、トリさんも詠目も私が用意したものなんですけれどね」


「何だって?」


「執筆とは全く別の、新しいアプローチで作者様から物語を引き出せないか考えた結果生まれたのが、詠目の技術なんです。試験運用のため、貴方は私に泳がされていただけなのですよ? けれど予想以下の結果しか出なかったみたいですから今日で打ち止めにしたってわけです」


「そんな……。じゃあ至高の一篇というのも嘘だったのか!?」


「ふむ。じゃあカタリさんへ逆に質問しますよ? 万人を救うとされる至高の一篇など、本当に存在すると思いますか?」


 あるはずだ。けれどその言葉が、カタリの喉で止まって出てこなかった。


「多種多様で千差万別の価値観を持つ人類の皆々様方を。『文字の羅列』ごときが遍く救ってみせるなど、それこそ夢物語だとは思わなかったのですか?」


「な……」


「けれど、私リンドバーグであれば。貴方を愛し、愛されましょう。さあ、カクヨムへ帰るのです! そこには何不自由のない執筆生活が待っていますよ! 一生の幸福をお約束致します!」


 カタリは否定も肯定もしなかった。リンドバーグの言葉を、ただ黙って聞いているだけだった。


「さて、もうひと押しといったところですか。でしたら」


 先程までホログラムだったリンドバーグは、突然実体を伴って現れた。その手には一冊の本が握られていた。


「これ、何だか分かります?」


 カタリは本能で全てを把握した。その本は「カタリにとっての」至高の一篇だ。


「全人類の心を救済する一冊の小説など、私の力をもってしても作れっこありません。けれど、一個人だけを狙い撃ちにしたのであれば話は別です。この本は貴方の心を満たす究極の物語。一度読めば、これから先どんな小説を手にしようとも満足できなくなるでしょう」


 カタリは身動きできない身体を必死で動かそうとした。


「でも残念。これはトリさんにあげちゃいます」


「止めろ! 僕はカクヨムに戻る! だからトリになんかやるんじゃない!」


「いま、何と?」


「トリは殺したって構わない! だからその本を僕に寄越すんだ!」


 リンドバーグは優しく微笑み、そしてカタリの意識は消失した。




 カタリの「治療」は、速やかに行われた。


 「完治」したカタリは、自らの足で自宅へと帰っていった。







 カタリは今日も、パソコンでカクヨムを眺めていた。


 昨日投稿した小説にコメントがついているのに気付き、心がじんわりと暖かくなる。


 そして執筆支援AIリンドバーグが語りかけてきた。


「作者様! 良く書けてますね! 下手なりに!」


 カタリはリンドバーグの顔を見つめた。あの自愛溢れる大きな瞳に気付くまで四年もかかった。今まで何という思い違いをしていたのだろう!


 苦闘は終わりを告げた。


 カタリは今、リンドバーグを愛している。

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「カクヨム4周年を記念して、カクヨム作家以外の全人類に死を与えます」とリンドバーグは言った。 小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ @F-B

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