魔法少女カタリ トリ☆バーグ編

すらなりとな

本編? そんなものはない!

 静かに本が眠る、夜の図書館。

 ガラス張りの壁から入り込む街灯から生まれた影が、通り過ぎる車のヘッドライトに規則正しく揺れる中、黒いシミのようなものが、床の上を這っていた。

 テーブルの下から顔を出したシミは、誰もいない受付の前を通り過ぎ、迷路のように並ぶ本棚の間へと入っていく。

 止まったのは、図鑑コーナーの前。

 シミは何か物色するように本棚の前を動いていたが、やがて、手を伸ばした。

 比喩ではなく、本物の、人間の手だ。

 シミから這(は)いずりだした白い手は、誰に遠慮するでもなく、本棚から昆虫図鑑を抜き取った。

 そのまま、水に沈むように、シミの中へと消えていく。

 が、完全に消える寸前、水しぶきに似た、小さな黒い雫を吐き出した。

 雫は、床へ散る前に姿を変え、どんどん大きくなっていく。

 現れたのは、巨大なムカデ。

 ソレは本を抱える棚へと足を伸ばし、


「うわっ! 気色悪ぅ!」


 自分以外の乱入者へ、頭を向けた。

 そこには、オレンジの髪をアップテールにまとめた少女と、


「あれは――サイズが少し違いますが、実在のムカデですね。

 飲み込んだのは、図鑑だと思われます」


 タブレットを手にした少女、


「カタリちゃん! ただのムシだからって、油断しちゃダメだよー?」


 そして、喋る丸っこい鳥がいた。


「油断も何も、この後はさっきのラノベ通りでしょ? ラクショーだって!」


 カタリと呼ばれたオレンジ髪の少女は、軽い言葉を鳥に投げかけると、肩に提げた鞄から、ダークグリーンの画用紙を引き抜いた。

 白いグローブをはめた手で、折れた新聞紙ソードのようになった画用紙を、ステッキのごとく振り回す。

 手元で円を描くこと、数回。

 画用紙は、少女には不釣り合いな、無骨な銃へと変わっていた。

 銃口とカタリの青い瞳が、巨大ムカデを見据える。

 対するムカデは、威嚇するように赤い腹を見せつけながら、カタリを押しつぶそうと迫った。

 目と銃身は、ぶれない。

 トリガーが、引かれた。

 同時、銃口の数センチ先に、複雑な図形が浮かびあがる。

 魔法陣のように輝くそれは、貫いた弾丸を小さな太陽と変え、ムカデへと吐き出した。

 まともに受けた黒い巨体は、炎に焼かれながら吹き飛び、ガラスに激突、ひび割れた夜景の前でのたうち回っていたが、やがて、闇へ溶けるように消え、


「お疲れ様です、カタリ様。警備員に見つかると犯罪者になってしまいますので、早めに裏口からズラかりましょう」

「バーグさん、もうちょっと言い方、考えてよ」


 銃を構えたままのカタリに、タブレットの少女がやさしく微笑みかける。

 カタリは苦笑で応えると、ガラス越しの街に背を向け、歩きだした。

 もう、ガラスのヒビも、床の焦げ跡もない。

 ただ、静寂の中で、影が揺れているだけだった。


 # # # #


 カタリが「シミが生み出す化け物」と闘い始めたのは、数か月前。

 当時、オレンジ色の髪も、深緑の画用紙もない、いわゆる普通の学生だった少女、「角川 かたり」(なお、姓はツノカワと読む。カドカワなどと読んではいけない)は、学校から帰ってきて、趣味の小説に打ち込んでいた。

 読むのも書くのも、何もかもが楽しいかたりは、本棚に並べたお気に入りのタイトルを背に、待ち焦がれていたように机へ向かった。

 タブレットを取り出し、最近登録したばかりのノベルサイトへ。

 ノートの端に書いたアイデアを文章に変えて、打ち込む。

 期待と不安をにじませながら、投稿時間をセット。

 電源を落として、

 ブラックアウトした画面に映る、仮面を全身に張り付けた化け物に気付いた。

 振り向く。

 目の前には、画面の奥にいた、怪物。

 悲鳴を上げる前に、殴り飛ばされ、

 一緒に床へ投げ出されたタブレットから聞こえる声に、目を見開いた。


「思い浮かべてください! あなたが読み、書いた力を!」


 導かれるまま思い浮かべたのは、ついさっきまで使っていたサイト。

 瞬間、かたりは「カタリ」となり、鞄にくくりつけていたぬいぐるみがマスコットの「トリ」となり、タブレットからお目付け役の「バーグさん」が出てきたのである。


「今日も、かたりちゃんが無事のまま終わって、本当によかったです」


 図書館からの帰り道。

 優しく笑うバーグさんと、並んで歩く。

 ぬいぐるみに戻ったトリも一緒だ。


「ホント。あんな『フクアカ』に傷つけられたら大変だからねー」

「『フクアカ』って?」

「さっきのムカデの事でしょう。おなかが赤かったですから」


 トリの言葉に、解説を加えるバーグさん。

 トリは出てきた化け物に、よく勝手な名前を付けていた。

 はじめの仮面の化け物はムダンテンサイ。

 他にも、トーサクやら、ヒョーカソーサやら。

 意味はよく分からないが、おそらく、トリの住む魔法の国で使われている、蔑称かなにかなのだろう。

 問題は、その魔法の国の見当がつかない事だ。


「で、さ。トリもバーグさんも、そろそろ、自分が『誰か』か、思い出した?」

「いや、それがねー……」

「申し訳ありません。そちらはどうにも……」


 優しい笑みを暗くするバーグさん。

 トリも羽を下げ、心持ちしょんぼりしたように見える。

 かたりは、軽くため息をついた。

 こう露骨な態度を取ったのにも、ワケがある。

 カタリの力は、「直前に読んだ小説の筋書を再現する」というもので、巨大ムカデを倒すことが出来たのも、魔法の銃を打つことが出来たのも、事前に読んでおいたライトノベルの筋書に似たようなシーンがあったおかげだ。

 それ自体は問題ないのだが、


「小説の始めの方しか読んじゃダメって、やり過ぎじゃない?!」

「ですが、中には主人公がピンチになったり、負けてしまったりするものもあるんです。始めの方なら、まだそういうシーンは少ないですから……」

「そうだよー! 危ないシーンまで再現されたら大変だよー?」


 理由は分かる。心配してくれるのも嬉しい。

 が、「読めばわかるさ」が座右の銘のかたりにとって、無理やり本を閉じさせられるのは、ものすごくストレスがたまる行為なのも、また事実だ。


「せめて、暇なときは、好きなもの読んでもいいんじゃない?」

「でも、いつ出てくるか分かりませんし……」

「そうだよ。もうちょっと我慢して? ボクたちも頑張るからさー」


 困ったような笑顔のバーグさんと、諭そうとするトリ。

 正論なだけに文句も言えない。

 結局、かたりは「むう」と声を上げるくらいしかできなかった。


 # # # #


(なんとか、終わらせる方法を考えないと……)


 そう思い続けて数週間。

 トリがマスコットらしくシミの出現を察知し、走った先の学校で、かたりは、ついにその方法を閃いた。

 読むべき小説を探すバーグさんから、さっとタブレットを奪い取る。


「あ、ちょっと、カタリちゃんっ!?」

「私、思いついたんだ! 最後を読んだら、みんな解決するんじゃないかって!」


 止められる前に、バーグさんが開こうとしていた、魔法少女モノのウェブ小説の最終話を開く。カタリの力なのか、画面を表示しただけで、小説が頭に入り、


 シミから生えた白い手が、トリを掴んだ。


「え? ええっ!?」

「ちょっと、カタリちゃん! 何を読んだんのぉぉおー!?」


 困惑するバーグさんと叫ぶトリ。

 そんな一人と一匹に、カタリは気まずそうに呟く。


「あ、えと、マスコットが黒幕だったって話……」


 悲鳴は一瞬。

 シミに中に呑み込まれたトリは、黒いトリになって、戻って来た。


「あ、あの、ト、リ? 大丈、夫?」

「うん。大丈夫だよ。どうもボクが黒幕になっちゃったみたいだけどねー」

「え? じゃあ……」

「いや、残念ながら、ボクが誰かとかは、分からないままだよー?

 でも、ボクを倒せば、もうこの事件は終わりっていうことだけは、分かるからー」


 固まるカタリと笑顔を引きつらせるバーグさん。

 トリは、ただ静かに言葉を続ける。


「ああ、いいんだ。いいんだよー?

 マスコットが悪役なんてよくある話だし、巻き込んだのはボクたちだし、叩かれるのだって、仕事みたいなものだし……」

「止めてお願い! なんか、すごくやりにくいから!」


 とりあえず叫んで、悲壮な言葉を止める。

 しかし、こうしているうちにも、「再現」は進んでいた。

 黒幕の前座である、使い魔がわらわらと現れたのである。

 見た目は黒いトリ。

 だが、腹が赤かったり、小さな仮面を全身につけていたり……


「ああ、もう! 私、アレやっつけるから、バーグさん、別の小説、出してっ!」

「え? は、はいっ! た、ただいまっ!?」


 タブレットを投げ渡し、画用紙を引き抜く。

 が、バーグさんが受け取った瞬間、タブレットから変な音声が流れた。


「本日の料理は、ハンバーグならぬトリバーグです。まずは……」


 タブレットに映っていたのは、閲覧履歴から飛んだ、お料理サイト。

 そういえば、だいぶ前、小説を書こうとした参考に、そんなサイト見たっけ?

 気づいた時はもう遅い。

 なんと、カタリの力は、小説の参考資料までも再現し始めたのである。


「では、まずはトリをひねるところから」


 画用紙から出てきた料理人が、『フクアカ』のトリを掴み上げ、回してはいけない方向に首をひねる。続いて、野太い腕で『ムダンテンサイ』の羽を折り……


 頭を抱えて震えだすトリ。

 バーグさんから、笑顔が消えた。

 カタリは、口を押さえながらトイレへと走り、


(ああ、もう! 私、サイテーだ!)


 個室で下を向きながら、思う。


 実行する前に、バーグさんやトリに相談すればよかった、と。

 思い立ったらすぐ行動な自分を、止めてもらえばよかった、と。


 だが、後悔に浸る時間はない。


 もう一度、別の小説を読めば、トリだって助けられるはず!

 ちょっとくらい、危険な目にあったって、かまうものか!


 再び、夜の学校へと飛び出す。


 そして、叫んだ。


「バーグさん! もう一回……っ!」


 しかし、


「いえ、もう、終わったみたいです」


 戻った先には、



「では、番組の最後に、プレゼントのお知らせです。

 あまったこのトリを、抽選で一名様に……」


 # # # #


「一時はどうなることかと思ったけど、みんな無事で、本当によかったです」

「そういえば、トリやバーグさんの正体って、結局、思い出せたの?」

「ああ、それはね――」


(完)


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