シーン5

『どうぞ・・・・』


 彼女は俺を応接室に招き入れると、椅子を勧め、それから自分で運んできた紅茶を俺の前に置いた。


 本当ならばコーヒーの方が有り難いんだが、文句を言うわけにもゆくまい。


『この施設の園長と言うのは私の兄でして、改築工事をする際に資金を借りたんですが、それがあの人たちだったんです』


 他にも少しは当てがあったんですが、彼女はそう前置きしてから続けた。


 何でも昔の映画仲間が、今ビデオ製作会社会社をやっていて、彼女に出演してくれないかと持ち掛けてきたという。


 近頃は『熟女ものアダルトビデオ』というのが大流行しているとかで、それに出演してくれれば、借金なんかすぐに返せる、とこういう訳だ。


『でも、私それだけは嫌だったんです。いえ、昔ピンク映画に出ていたのを恥じているわけじゃないんです。でも、今のアダルトビデオって、あれはお芝居なんかないでしょう。ピンク映画は大人の観る、ちゃんとした映画です。私は自分が映画女優の端くれだった。そういう誇りを大切にしたかったんです。』


 俺は黙って、紅茶を飲み干し、依頼人の話をした。


 彼女は俯いて、名刺を見つめていたが、


『・・・・この方、そんなに私を思っていてくださったんですね。』


 てっきり断ると、俺は思った。


 しかし、彼女は、


『分かりました。お会いしましょう。』そう言ったのである。


『私のことを思ってくださっていた方への、最後のファンサービスですわ』


 彼女は小さく笑ってそう答えた。


 

 さて、その後どうなったかって?


 俺は依頼人に事の次第を伝えた。


 後から聞いたところによれば、依頼人は無事に五条則子と会うことができたそうだ。


 そして事情を聞いた彼は、何も言わずに施設の借金の肩代わりを申し出たという。


『銀幕で見た貴方に対する、これが私の贈り物です』


 だとさ。


 ま、俺にはそんなこと、どうだっていい。


 依頼料はそれから暫くして、少し多めに振り込まれた。


(温泉にするか・・・・南の島は無理だろうからな)


 俺は本棚から旅行案内を取り出して頁を繰った。


                          終わり


*)この物語はフィクションです。登場人物、場所、時間等全て作者の想像の産物であります。

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裸の女神を探して 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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