シーン3
さすがピンク映画だな。俺は思った。
これが一般映画ならば、さほどの大作ではなくても、スタジオ撮影にせよ、或い
はロケーションにせよ、もっとましな場所が使えるのだろうが、何せそこは人目をはばかる映画でもある。
勢い、予算も限られてくるから、どうしたって頭を悩ませる。
そこでよく使われるのは、スタッフの伝手を頼って一日だけアパートを借りるとかいったところだ。
錦糸町のそのマンション(いや、アパート、というべきかな)も、築最低20年は経っている代物と見た。
その中の一室で撮影が行われていた。
夫のいる若妻が年下の学生と恋に落ち・・・・という、まあ最近珍しい、ベタベタのメロドラマだ。
とはいってもピンク映画だ。
学生の部屋を訪ねてきた若妻がくんずほぐれつの愛欲シーンを、今まさに演じようとしているところだった。
リハーサルを2回やって本番、監督は今年やっと監督に昇格したばかりの若手、相田雄介氏だ。
俺が名前を名乗ると、
『今本番だから後にしてくれ』といい、そのまま仕事を続けた。
やっと1カット終わったところで、ようやく話が聞けた。
『五条則子さんの映画なら、僕も何度か見ましたよ・・・・でも僕がこの世界に入ってきたのは、引退した後だったから、あんまり良くは知らないな・・・・トクさん、ちょっとこっちへ』
といい、カメラマンを呼んでくれた。
『トクさん』こと、徳田幸三カメラマンはこの道50年の大ヴェテラン。最初は大手の某映画会社で撮影助手として入ったが、その後はピンク映画の世界一本槍だそうだ。
俺が五条則子の名前を出すと、暫く考えて、それから、
『ああ、知っとるよ。彼女がデヴュー以来、ずっと側で見てたからな。元々は小さな劇団で舞台に立っておったんだが、ウチの先代社長に見込まれてな。何度も説得され、そしてピンクの世界に入ったんだ。どこにでもいそうで、どこにもいない。それが彼女の魅力だったんだ。』
『ウチでざっと百本は撮ったかな。脇役も多かったが、主役で人気が出たのは人妻や清楚な熟女ものだった。その後良く共演しとったキリちゃん・・・・桐原正信君と結婚し、一時は引退したんだがな・・・・周囲に懇願されてカムバックし昭和50年代後半まで現役だったんだが』
『そこまでは私も分かってます。問題は今どこで何をしているか、なんですよ』
俺はそういって、自分の依頼の筋について話した。
『引退する時、自分はすっぱりこの世界から足を洗いたい。本人がそう言っておったんで、出来れば内緒にしときたいところなんだが、まあ、探偵さんのこった。おっつけ調べるだろう』
トクさんの言う通りである。
俺の仕事は依頼を遂行すること。それしかない。
仮に彼が秘密を守り通したとしても、執念深く追いかける。
トクさんははっきりしたことは教えてくれなかったが、しかしヒントだけはくれた。
五条則子は引退した後も、現役の男優としてピンク映画で活躍していた夫を陰で支え続けていた。
その働きは献身的ともいえるほどだったそうだ。
しかし、今から10年ほど前に桐原氏が癌で亡くなった後は、すっかり消息が知れなかった。
ここからが俺の腕の見せ所である。
あっちで断られ、こっちでスカを踏みながらも、俺は探し続けた。
そして今、とうとう俺は彼女の足取りを見つけたのである。
『ひまわり育児院』
門の前にはそうあった。
そこは、神奈川県の磯子区のちょっとした高台にあった。
創設されたのは結構古いが、今の場所に移ってきたのは、5~6年ほど前のことだという。
『育児院』というのは、分かりやすく言えば児童養護施設。つまりは何らかの事情で親と暮らすことの出来ない、2~3歳から、上は義務教育を終えるくらいまでの子供を養育する施設なのだ。
何だかまわりくどい言い方になって申し訳ない。
昔の言葉でいう『孤児院』の事である。
小さな学校の校庭くらいの庭には、幾つかの遊具が並んでおり、数人の子供がそこで遊んでいた。
俺が門柱に据え付けてあったインターフォンのスイッチを押そうとした、その時だった。
一台のベンツが横付けになった。
しかも随分運転が荒っぽい。
一目で俺は、
『ああ』と思った。
運転席のドアを開けて降りてきたのは、如何にもチンピラ臭満々の若者で、彼は素早い動きで後部座席のドアを開けた。
降りてきたのは二人、一人は頬に傷のある背の高い三十がらみの男。
もう一人はでっぷり太ったダブルの背広を着た、五十はいっているであろう男だった。
揃いも揃って目つきが悪い。
どう考えても『その筋』だ。
三人は俺を完全に黙殺して、門の中へと入っていった。
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