第52話 水氷龍の最後の願い。
闘技場から出る為、一本道の登り階段を一歩一歩昇る。
外に出た俺を待っていたのは五匹の亜竜と、一眼でただの兵士では無いと分かるくらいに豪華な甲冑をまとった騎士達だった。
その中央から姿を現した男の外見を見て、俺はすぐさま正体に気付く。
「どうした? お前の弟なら死んだぞ。俺が殺した」
「はい、存じてます。ですが、先ずは名乗らせて頂きましょう。私はセイン・ウォルタ。この度、我が愚弟が犯した罪は重く、ご迷惑をお掛けした事を深くお詫び致します」
「……知っているだろうけど、一応名乗っておく。グレイズ・オボロだ」
互いに名乗ると、セインは深々と頭を下げて謝罪した。どうやら聞いていたイメージと違うな。
もっと荒々しい戦闘狂を想像していたが、艶やかな青髪に青目。全体的に細めの肉体だ。身のこなしも隙がない。
ーー王子ってイメージなら、水豚よりもこっちの方が断然似合うね。
「謝罪を受け入れる前に俺には知りたい事がある。外で待ち伏せていた理由を教えてくれないか?」
「……それは、貴方様を招いている本人に聞くと良いでしょう。これより、王の住まう
「分かった。罠ならば遠慮無く暴れさせて貰うぞ。正直、今の俺は機嫌が悪い」
試しに殺気を放ってみたが、騎士達はこちらに敵意を抱いていない様でひらりと躱されてしまった。
それにどの程度の手練れか知りたくて
あるとは思っていたが、きっと妨害系のアイテムだろう。
その情報も是非聞きたい。謝罪金には興味が無いから、現物を貰えたら嬉しいなぁ。
俺はそのままセインと一緒に亜竜に乗ると、五匹の亜竜が一斉に空に向かって上昇する。
何かの魔法がかけられているのか、風圧もなく会話が出来る快適さだった。
セルビィとかいったかな。イゴウルの亜竜にも見習わせたいもんだ。
「王はグレイズ様と二人きりで話す事を望んでおりますが、問題ありませんか?」
「逆に聞くが、セインはそれで良いのか? 俺は先程王族を殺したばかりだぞ。普通ならもっと警戒すると思うんだが」
「王は全てを把握しておられます。王、いえ、父上は『予知』のスキルを保持しておりますので」
俺は今の発言を聞いて、若干混乱した。
予知のスキルがどれ程の的中率か知らないが、全てを把握しているなんて言い方をするくらいだ。
今回の事件は敢えて俺を呼んだ? それは一体何故だ?
俺やカティナママンに危害を加えれば、他の縄張りから制裁を加えられる可能性が圧倒的に高まる。
「……まさか、な」
俺がいくつか描いた相手の思惑が正しいなら、覇幻の出番は無いだろう。
それから大体二時間が経過した後、氷で建てられたかの様な透明な美しさを誇る巨大な水晶宮が見えてきた。
だんだんと夕陽が沈み始めており、光を反射して輝きを増している。
「綺麗な城だな。それにしてはデカすぎないか?」
「父上は古龍ですから。いざって時に龍化の法を行なって、城が崩れたなんて話はどの里でもザラにありますよ」
成る程。竜人あるあるってやつか。
城内で龍化した時に身体が出られるくらいのスペースを作っておかなきゃ、みんなが困る。
「グレイズ様、父上は謁見の間ではなく私室にいらっしゃいます。直接バルコニーへ降り立ちましょう」
「任せる。セインはどうするんだ?」
「私は騎士達と城内に控えております……」
バルコニーに俺を下ろした後、セインは再び亜竜の手綱を引きながら眼下へと飛び降りていった。
去り際の表情はどこか申し訳なさそうで、哀しげだった。
__________
花と豪華な調度品に飾られた美しいバルコニーを進み、部屋へ繋がる扉を開ける。
視線の先では男がベッドに寝込んでいた。
王冠を外し、瞼を閉じたまま苦しそうに胸を上下させている。
寝間着の裾から覗いた痩せ細った腕を見る限り、とても各縄張りを治める四龍の一人だとは思えなかった。
『良く来たな。神龍の息子、グレイズよ』
俺が様子を伺っていると、脳内にとても穏やかな声色の念話が届いた。
間違いなく、ハーブニル・ウォルタから送られたものだろう。
『そちらは念話で応えずとも良い。余はもうまともに口を開く事も出来ぬ故、非礼を詫びよう』
「別に気にしなくて良いよ。俺なんてただの七歳児だぜ? みんな畏まり過ぎて、相手をするのも疲れるよ」
『ハハッ! そんなに太々しい七歳児は、長く生きた余でもおよそ見た事がないな。息子達でさえ、幼い頃は可愛気があったものだぞ』
瞼を閉じたままだったが、少しだけハーブニルの口元が動いた。本当は大口を開けて笑いたいのかもなぁ。
「今回の企みは、どこまでがあんたの計算通りだったんだ?」
最初に思い浮かべた可能性はグリム陣営に仕込まれた毒などにより、ハーブニル自身が壊されている事だった。
だが、その可能性はセインが直接俺を迎えに来た事で無くなった。
次に考えたのが老衰、もしくは何かしらでの事情で寿命が残り少ないという状況だ。
そして、念話しか送れないハーブニルを見て、それは確信に変わる。
『愚かな息子の事を言っているのであれば、全ては予知で見た事をなぞったに過ぎない。そして予知も万能ではなくてな。余の寿命がこれ程までに残り少ないとは思わなんだ』
「寿命……か」
俺はカティナママンの事を思い出して瞳を伏せる。一瞬だけ頭に過ぎった閃きを悩む前に、ハーブニルに制された。
『巫女様を生かしている神の霊薬ならいらぬぞ。余はもう十分に生きたからな。だが、四龍としての役割を果たしてから逝きたいのだ』
「ーー役割?」
『加護を受け取れ、神龍の後継者よ。本来ならば十五歳を迎えた『成龍の儀』で与える筈だったのだが、他の王達も今回は許してくれるだろう』
寝たきりの老龍の身体が淡い輝きを放つと、水色の光の玉が俺の中に触れ、力が流れ込んで来た。
奥底から湧き上がる様な魔力と龍気を抑え込みながら、俺はそっとハーブニルの手を握る。だが、同時に拭えない疑問を突き付けた。
「ありがとう。でも、この為に息子を餌にして今回の計画を立てたのか? 少々やり方が手荒で気に食わないな。無関係な犠牲者も出てるんだ」
『……予知を見てしまった時点で、グリムが巫女様を手に入れようと画策しているのは分かっていた。既に王位はセインに譲る準備が整っており、何度も止めようとしたのだが無駄に終わってな。それに、関係のない者を巻き込んでしまった罰は受けるつもりだ』
「??」
先程までとは違い、念話からは重い覚悟が伝わっていた。一体何の事だか分からずに次の言葉を待っている。
『余の全てを捧げよう。命も経験値も神龍の後継者であるグレイズの糧として欲しい。寿命が尽きかけていても、得られる値は変わらんぞ』
「おいおい……俺にあんたの命を奪えって事か? 残念ながらお断りだね。そこまで強さに飢えている訳じゃない」
何を言いだすかと思えば、最悪の選択だよ。
親でもある王を殺されてセインや水の縄張りともめるのは嫌だし、何よりカティナママンに怒られそうだ。
ーー断固断るに限る!!
『……聞け。余の見た恐ろしい予知はまだ続いているのだ。このままでは巫女様は奪われ、グレイズは空中都市パノラテーフから姿を消すだろう。それも遠くない未来にな……』
「ーーはぁっ⁉︎ 一体誰にそんな事出来るんだよ⁉︎」
俺は驚愕に目を見開きつつ、慌ててハーブニルに問いただした。こいつは絶対に嘘はついてない。
一番大事なのは、カティナママンが奪われるという部分だ。
『再び力を蓄えた三体の
「…………」
神格スキルを保有している
更には俺の方が幼く力の研鑽も積めていない、か。
「一つ教えて欲しい。予知の中で、俺はあんたの言う通りに命を奪ったか?」
『奪わなかったな。先程と同じ言葉を吐き捨て、そのまま去って行ってしまった。もっとも、深淵の予知を知らぬ未来だ』
「そうか……じゃあ、やっぱりその命は奪えない。カティナママンが奪われると知った事で、俺の行動は変化する。未来はきっと変えてみせるからさ」
『余はどうせ今日死ぬのだぞ? 力を得たくないのか?』
何でだろう。以前の俺ならどうせ寿命で死ぬのなら俺の糧になれ、ってな感じに迷う事も無かったんだろうけど、家族の温もりを知ってしまったからなぁ。
「今回の事件、王としての誇りを砕いてまで俺に予知を伝えてくれたんだろ? グリムは救いようの無い男だったけど、あんたには感謝しかない。だから殺さない。最後に家族や真ある家臣に見送られて逝きなよ」
『……跡を継ぐセインと、この里を宜しく頼む』
「さよなら。偉大なる水氷龍様」
俺は返事をせず、振り向きもせずに掌を振りながら王の部屋を後にした。
すると、廊下をウロウロとしながら忙しない様子のセインと目が合う。
「グレイズ様! 王、ーーいえ、父上の最後は立派でしたか⁉︎」
「全てを知ってるんだな。それなら安心していいよ。俺は命を奪ってない。家族なんだから、最後くらい笑顔で送ってやりなよ」
「か、感謝します! 本当に! 感謝致しますグレイズ様!!」
余程嬉しかったのか、セインは王の部屋に飛び込んでいった。
その後にも忠臣達が続々と向かい、廊下で俺とすれ違っていく。愛されてるじゃないか、水氷竜。
水の縄張りでの役目は終わったかな。後日セイン本人か使いの者が挨拶に来るだろうから、その時にまた色々と話せばいい。
ーーグウゥゥゥゥゥゥッ!!
安心して気が抜けたらお腹が鳴った。
俺は魔力回復役を一瓶飲み干すと、再び地下の転移門に飛び込む。
今帰るよママン。ついでにシルフェ。結構頑張ったから褒めてくれると嬉しい。
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