第51話 罪人に相応しい罰を。 後編

 

「ほら、見てごらんコルン。グレイズ様は凄いだろう? えっ? お父さんの方が凄いって? ありがとうな〜!」

「……朱厭、妲己。出て来い」


 隣で既に亡くなった娘の幻想を見ているダズンを守る為に、俺は神獣を呼んだ。


 影から現れた二人は頭を垂れて跪いているが、俺の怒りに呼応しているのか殺気を放っている。


主人あるじよ。我にかの者達に鉄槌を下す命令を、是非に……」

「わっちも倒れても良いから、彼奴らを殺したいんよ!」


 二人はギリギリと奥歯を噛み締めながら、獣らしい純粋な殺気をぶつけて来た。気持ちは分かる。でもごめんな。


 ーー許可は出さないよ。


「お前達はこの男を守ってくれ。俺が暴れている間、余計な事をしないように拘束する意味も兼ねてる」

「で、ですが! あの人数を相手に主人一人で立ち向かうなどーー」

「ーーおい、朱厭。俺を誰だと思ってんだ?」


 俺は朱厭の首筋へ紙一重に刃を添え、睨みつける。朱厭と妲己は一瞬身を震わせると、ダズンの真横へ退いた。


 気持ちはありがたいが、今の居合いに反応出来ない位で心配するなんておこがましい。


「クフッ! 話し合いは終わったかい? こちらはいつでも準備万端だよ〜?」


 グリム・ウォルタが大袈裟に両手を広げると、それを合図にして一斉に竜人達は各々の武器を構えた。


 この時、俺は『鑑定』の能力が上がっている事に気づく。何とレベルに続いてHPとMPまで表示されているのだ。


【グリム・ウォルタ Lv63 HP8232 MP11670】


 仮にも王族だ。やはりレベルが高い。そして、HPとMPの割合を見れば、こいつが魔術師タイプなのが分かる。

 正直レベルが実力の当てにならに以上、数値が見れるのは有難いな。


 他にも一斉に鑑定を実行すると、二百人以上の竜人達の中には数名強者が紛れている。

 そういうものこそ気配を隠して俺の実力を強かに伺っているのだろう。


「クフッ! 所詮は子供。手足の一本でも落とせば大人しくなる! 余に遠慮はいらないから、神龍の後継者を捕縛してね〜! 最初に取り押さえた者には別途報奨金を出すから頑張れ!」

「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」」


 水豚が掲げた手を振り下ろすと、屈強な男達が一斉に襲い掛かって来た。


 第一陣は賞金に釣られた雑魚だ。


 後ろで今にも『龍化の法』の準備をしている者こそ、警戒しなきゃいけない。


 __________


 朧は自ら闘技場の中央に足を運ぶと、深く腰を落として刀の柄を手を掛け、静かに瞼を閉じた。


「一番手いただき〜!!」

「賞金を貰うのは俺だああああっ!」

「良い声で泣き喚けよおおおおっ! クソ餓鬼がぁ!!」


 ーーチンッ!!


 グリムの私兵達が片手剣、斧、棍棒を振り被った直後、納刀する甲高い音だけが場に鳴り響いて意識は閉ざされる。


 その一幕を見ても、周囲の者達は退かなかった。何故なら、最初の攻撃ファーストアタックを仕掛けた者達が微動だにしなかったからだ。


 今自分達が相手にしている少年が、何をしたのか視認出来た者は極一部のみ。

 そして、一瞬にして強者は己の未来を悟り、逃走を開始するが時は既に遅い。


「ーー何だ⁉︎ 入り口が開かないだと⁉︎」

「この風が塞いでるんだ! 叩き斬れ!」

「ダメだ! 散らしてもまた復活するぞ! 永続的トラップの類か⁉︎」


 ーーズンッ!!


 背後から刀の刃が生え、突き刺された男は血反吐を零しながら絶命する。

 最後の瞬間に見たのは、氷のように冷たい視線を向けてくる少年だった。


「残念だったな。誰も逃がさないよ。さて、お前達は少なくとも俺を見て逃げようとした。即ち、彼処に転がってる雑魚よりまだマシだろう? 相手をしてくれよ」

「「「ーーーーッ⁉︎」」」


 朧が覇幻を向けた先には、死屍累々の山が積み重なっていた。


 時間にしてまだ数分しか経っていないのに、その半数が首のない屍と化している。


「うおおおおおおおおおおおっ!!」


 大剣を振り下ろす者。龍化の法で五メートル近い龍に変化する者。己の最大の魔法を放とうと詠唱する者。


「遅いんだよ」


 少年から溜め息混じりに漏れたその一言を最後に、全員首を両断されて絶命する。


「数だ! 数でこの化け物を抑え込めえええっ!!」

「囲め囲め!」


 朧中心に槍部隊が円形に陣を組んだ。


 全身全霊を込めた突きが一斉に朧を襲うが、『慈愛のネックレス』の物理障壁に弾かれ、槍の穂先が天井を向いた途端に覇幻の斬撃が円を描く。


 ーー首を跳ねられた事にも気付けない槍部隊は、そのまま固まっている。


「覇幻一刀流奥義、『明月メイゲツ』。全方位を取り囲まれる戦いなんて慣れっこだっつの。これなら天の羽衣を展開するまでも無かったなぁ」


 朧はそのまま周囲を見渡すと、残っているのは魔法や弓を得意とした遠距離部隊のみだった。


 そして、グリム・ウォルタは腰を抜かしながら護衛に守られている。

 背後の出入り口には風の檻が張られており、脱出は出来ない。


 朧は『縮地』を発動すると、一気に闘技場の客席から狙い撃とうとしていた弓兵と魔術師の首を撥ねつつ一周し、そのままグリムの眼前に降り立った。


 二百名近かった私兵は、十分と経たずに全滅したのだ。


 __________


「なぁ、どんな気分だ?」

「……母なる水よ、その清めを穢さんとする愚かなーー」


 ーーガンッ!!


 俺は大地龍の鞘の穂先で、怯えながらも詠唱を唱えようとしたグリムの顎を突き上げる。

 そのまま左右で固まっている護衛を軽く蹴ると、ボトリと音を立てて首が落ちた。


 死んだと認識さえしていない死体の頭部と目線が合わさると、グリムは漸く現実を認めたみたいだ。


「ヒィイイイイイイイイイイイッ!!」

「汚ねぇな。仮にも王子だろ? 良い歳こいてションベン漏らすなんて、恥ずかしくないのか?」


 俺が一歩退くと、水豚がそのまま自分のションベン塗れの床に額を擦り付けて懇願し始めた。


「な、何でもします! 金でも女でも、それこそこの国の地位でも何でも用意致します! 何卒命だけはお助け下さいいぃ〜!!」

「……何でもって言ったか?」

「は、はいいぃっ!! 貴方様の望むものを何でも用意してみせますぅっ!!」


 希望を見出したかの如く満面の笑みを浮かべるグリムへ、俺は欲しいモノを告げた。


「じゃあ、ダズンの家族をくれ。確か奥さんがフルーレ、娘さんがコルンって言ったかな。ほら、俺が欲しいんだ、ーーくれよ?」

「……そ、それは……」


 グリムは途端に真っ青になり、手揉みしながら何とかこの状況を脱しようと必死に知恵を働かせている。


 仕方がないなぁ。手助けしてやるかね。


「あぁ、そうだ。他にも欲しいものあったわ」

「ーー⁉︎ そ、それは一体何ですか⁉︎」


 ガバッと頭を上げたグリムに向けて、肩口から覇幻の刃を縦に一閃する。


 ーー斬!!


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

「お前の四肢パーツをくれよ。魔獣の餌にすっからさ」

「ひぐぅっ! そ、それはあまり、にも、酷おぉおぃいっ!」

「次、足な」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ⁉︎」


 闘技場に壮絶な断末魔が響き渡り、『三本目』を斬り落としたあたりでグリム・ウォルタは絶命した。

 鑑定で見たHPはまだ残っていた筈だから、ショック死かな。


 ごめんな覇幻。汚い豚を斬らせてしまって。


 俺はそのまま闘技場の中央に戻り、ダズンへ視線を向ける。

 朱厭と妲己は頭を垂れたまま、震えていた。


「ごめんな。怖かったか? 嫌いにならないでくれよ」

「「ーーーーッ⁉︎」」

 二人は一斉に顔を上げると、互いに困ったような表情を浮かべながら再び頭を下げた。

 後でフォローしよう。


「ダズン。仇は討ったから、奥さんと娘さんを弔ってやろう?」

「あははっ! 何を言ってるんですかグレイズ様? 妻も娘もこうして元気じゃないですか。それにしても流石のお強さですね! ほら、見てたかコルン? グレイズ様は凄いだろう!」


 大きさの違う二本の腕を振り回しながら、ダズンは本当に不思議そうな顔をしていた。


 でも、そろそろ目を覚ましてやらなきゃいけないと思う。


 ーー甘い夢は幻想だ。現実はもっと残酷であり、お前は不運だが、もう『奪われて』しまったのだから。


「なぁ、本当はもう分かってるんだろ?」

「……えっ?」

「確かに催眠や、洗脳の効果は凄まじい。だけど、お前は奴隷紋の解除の際に一度死んでる。その際に催眠も洗脳も解けている筈なんだよ。お前は今、自分から思い込む事で逃避しているだけなんだ」


 ここに転移させた札などの記憶が無いのはしょうない。でも、今までにパーツを集めていた頃の記憶は、既に取り戻している筈だ。


 それを自己否定する事でダズンは自我を保ってる。


「……そんな事……認められる筈がないじゃ無いですか! 妻も子も死んでるなんて、そんな地獄! なら俺は一体、何の為にこれまで……これまであんな真似を⁉︎」


 縋るような痛哭が胸を抉る。多分、ダズンはパーツを集める為に、グリムに命じられるまま犯罪を犯してきたのだろう。


 いつか家族に会えると信じ込まされたままに。


「お前はこれからその罪を償って生きていけ。その途中で死ぬならそれでも構わん。俺はお前の最後を見届けない。でも、出来る事なら家族の想いを胸に、どれだけ辛くても生きて欲しいと思うよ」

「…………」


 ダズンは腰の短剣を抜き掛けたまま、無言で固まっていた。

 俺を襲うならそれでも良かったけど、やっぱり理性が残ってるみたいだ。


 朱厭と妲己に合図すると影に潜らせ、俺は闘技場を後にする。


 暫くすると、背後から男の大泣きする声が聞こえた気がした。


 何処まででも泣くと良い。お前を縛っていた枷は俺が解いてやった。


 これからどう生きるかは自由だ。


 さぁ、こちらからルールを破ってしまって申し訳ないが、見極めさせて貰うぞ?


 ーー水氷竜ハーブニル・ウォルタ。

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