第50話 罪人に相応しい罰を。 中編

 

 一夜明けて、俺はシルフェとカティナママンに夜には戻ると告げてダズンと一緒に街を出た。

 勿論行ってきますのハグは忘れない。


 イゴウルは外で準備をしていると言って先に出ていった。


 どうやら王城のある『フレメンズの里』へ向かう乗り物を用意してくれるらしい。


 マッテンローの街から北上するらしいが、転移門の事を考えると余計な魔力を使いたく無かったので正直助かる。


 自分だけならまだしも、ダズンとイゴウルを連れて飛ぶなら『天の羽衣』を展開させないといけないしね。


「おぉっ! さすがは街の顔役だなぁ」

「す、凄いですね……」


 十メートル級の亜竜ワイバーンが街の外に寝そべっており、背中の巨大な鞍にイゴウルが座り込んでいた。


 跨るっていうよりも、自身を紐で括り付ける感じだ。


「どうでぇ! 儂の自慢のセルビィちゃんだぜぇ?」

「雌なのか? 正直どっちでも良いけど」

「こんな立派なワイバーン見た事無いですよ」


 ダズンは若干腰が引けてるな。俺はセルビィと呼ばれた亜竜の背中を駆け上がると、ダズンに上がって来いと合図を送った。


「怖がらなくて良いぜ。セルビィちゃんは儂が幼竜の頃から育てた相棒だからな」

「クキュウゥウ〜!」

「は、はいっ!」


 早く乗れと言わんばかりに可愛い鳴き声をあげたセルビィは、そのまま両翼を広げて空を舞う。


 かなりの速度が出ており、二人を連れた状態なら俺が飛ぶよりも速い位だ。風圧凄いんですけどね。


「セルビィちゃんならフレメンズの里まで大体二時間で着くぞ。馬車だったら三日以上かかるから、すげぇだろ〜?」

「はいはい、凄い凄い。まるで孫を自慢する爺だな」


 ダズンは怖いのか、目を瞑って鞍にしがみ付いており、俺とイゴウルは胡座を掻きながら呑気に談笑している。


 主にセルビィの育て方の自慢だったけどね。


 初めて見る景色を堪能しつつちょっと感動していると、視線の先に離れていても分かるくらいのかなり巨大な王城が見えてくる。


「あそこがフレメンズの里か? 大分デカいんだな」

「ハッハッハ! 火の縄張りには職人気質な成龍が多いからな。自然と力作が出来上がっちまうんだよ」

「取り敢えず、このまま王城に下り立てるんだろ? 俺達は気配を消すから、手筈通りに頼むよ」

「任されたぜ! しっかりと水の縄張りの馬鹿王子を反省させて来いよ?」

「当たり前だ。ーー反省で済むと良いけどな」


 俺がニヤリと口元を吊り上げると、一瞬イゴウルの身体がビクッと震えて顔を青褪めさせてしまった。

 殺気が漏れたかな。


 そのまま『収納空間アイテムストレージ』から闇隠龍のマントを取り出すと、ダズンに羽織らせ、俺は胸元で蹲る。


 男に抱かれるなんて真っ平御免だけど仕方があるまい。


 因みに時間経過がある食材や、巨大な物は『次元空間』へ収納し、装備品やアイテムは『収納空間』へ仕舞うように分けた。


『次元空間』は便利だけど、魔力を使うからね。


 いざって時に魔力枯渇で取り出せないなんて事になったら目も当てられないと、カティナママンの過去の実体験を聞かされて考慮した。


 どちらも『知恵の種子』でゲームのインベントリの様に収納されているものがリストで分かるから、特に問題はないんだけど。


「さぁ、始めるぞダズン?」

「はい。家族の為なら、どんな事でもする覚悟は出来てます」


 フードを被り、闇隠龍のマントの『認識阻害』の効果で俺達は気配を隠した。


 セルビィが城門の内側の庭に下り立つと、一気に地面に飛んで近くの木陰に身を潜める。


 この大きさの亜竜がいきなり訪れても城内に慌ただしい様子が見られないのは、きっとイゴウルのお陰だ。


 暫くすると、一際豪華な炎の鎧に身を包んだ三十代前半の男が一人でイゴウルの元に近付いて来て、膝をくきつつコウベを垂れた。


 風の流れから聞き耳を立てていると、あの装備もどうやらイゴウルが作成したらしく、感謝の意を述べている。


「さて、王は起きておられるかな?」

「先程まで寝ておりましたが、イゴウル様の気配を感じて起き出しましたよ。酒の準備を急がせております。昨日一報頂いた際には、城内で働く者達が悲鳴を上げました」

「儂を一体なんだと思ってるんだ、お前らは……」

「その身体の一体どこにあれだけの酒が入っていくのか、一度調べて貰ったら如何ですか? 新しい研究が進みそうです」

「ふむ。お主を潰してから考えようかな」

「ハハッ……またご冗談が上手い。……本当に冗談ですよね?」


 見る見ると男の顔が青褪めていく。まるで死を覚悟した武人の様だ。

 一体どんな酒の飲み方する気なんだろう? 羨ましいぞこの野郎!


 城内に向かった二人を追いかけつつ、俺はしっかりとダズンにしがみ付いた。


 どうなることか不安だったが、暗殺者に選ばれるだけあって、この世界流の『忍足』と『浮足』は覚えている。


 足音一つ立てずに物陰や壁を並走して進んでいく度胸は、大したもんだ。


 イゴウル達が城の中央部に進むと、勝手に内部から扉が開いた。

 中には両サイドに数十名のメイドや執事が整列しており、一斉に頭を下げて出迎えている。


 城全体が淡く白い輝きを放っており、特殊な鉱石をふんだんに使って建てられているのだと思わず生唾を飲んだ。


 一個くらいなくなっても気付かないんじゃないかな? ママンのお土産にどうだろうか。


「グレイズ様……合図です」

「任せた」


 余計な事を考えていると、右手を振っているイゴウルの腰元に添えられた左手が向かうべき場所を指していた。


 打ち合わせ通りにダズンは壁に沿って地下への扉をゆっくりと開き、その身を滑りこませる。

 地下への扉は施錠されておらず、転移門に繋がる扉が特殊らしい。


 だが、鍵が必要なのではなく、仕組みを理解していれば通れるのだ。


 螺旋状の階段は中央部分が開いており、俺は時間短縮の為にダズンに命令した。


「ダズン、俺を信じて一気に真ん中の穴へ飛べ。風魔法で着地させる」

「……はいっ!」


 躊躇するかと思ったが、ダズンはすかさず俺を強く抱いて階段から飛び降りた。


 風を足元に収束し、着地の瞬間に一気に弾けさせて風圧のクッションを作ると、尻もちはついたが無事に成功した。


「この中が転移門か。ダズン、一度降りるから離してくれ」


 ダズンは俺を傷つけまいとかなりガッチリ抱いてくれていた。優しい男だな。


「そういえば、お前の家族の名前を聞いておいて良いか?」

「妻はフルーレ、娘はコルンと言います。実はコルンはグレイズ様と同じ七歳なんですよ。恥ずかしながら、本当に臆病でまだまだ泣き虫なんですけどね」

「子供はそれで良いんだ。俺が年相応じゃないだけなんだから、気にする事はないよ。それにしてもお前、良い顔するなぁ」


 何だろうなぁ。温かい笑顔ってこういうのを言うんだろうな。

 キョトンとしてるあたり、自分じゃ気付いてないらしい。


「えっ? そ、そうですか?」

「あぁ、神龍パパンがもしこの世界にいてくれたら、そんな風に俺を思って笑ってくれたかなぁ?」

「当たり前ですよ。カティナ様の瞳を見ていれば分かります。グレイズ様は愛されてますよ」

「……ありがとう。さぁ、行こうか!」

「はいっ!」


 俺は眼前にある鋼鉄の扉の真ん中にある窪みに指を掛けると、一気に上に持ち上げた。


 ーーズズズズズズゥ!!


 この鋼鉄の扉は取手がついていて、まるで押し開きそうな作りをしている。

 だがその実、重さが二百キロを超えており、上に持ち上げなければ開かないのだとイゴウルに教わった。


 城にはこれを持ち上げる為の力専門の兵士がおり、仕組みを知らずに侵入した賊は鍵穴を解錠しようと躍起になっている内に捕まる。


 仕組みを知っていても、扉を持ち上げられず諦めるしかない。故に鍵は必要ないらしいのだ。


 そのまま一気に扉を押し上げると、俺とダズンは一気に転移門へ飛び込む。


 だが、次の瞬間ダズンの胸元から怪しげな紫色の燐光が輝き始めた。


「ダズン! それは一体何だ⁉︎」

「分かりません! 俺は何も持ってないんです! ほら!」


 ガバっと胸元を開いたダズンの服の内側には、一枚の札が縫い込まれていた。多分本人も知らなかった仕込みだ。


「くそっ! 嵌められたのか? 俺にしっかり掴まってろ!」

「も、申し訳ございません、グレイズ様!」

「謝るのは後だ、跳ぶぞ!」

「ーーグアゥッ! 身体が引っ張られる!」


 ぐるぐると頭を掻き回される様な感覚がしながら俺達は転移する。


 そして、目が眩むような光で閉じた瞼を開くと、驚くべき光景が広がっていた。


 円型の闘技場の様な場所の中央に立っている俺達を、高台の観客席から見下ろしている二百名を超える竜人達。


 確実にここは転移先の水の縄張りの城じゃない。先程の紫の光を放っていた札は、転移先を強制的に変更させる罠か。


 ーーつまり、俺の行動を読んで布石を打った奴がいる。


 だが、腑に落ちない。ダズンが裏切っていないのは分かるが、普通『俺一人で水の縄張りに乗り込む』なんて選択肢を七歳の子供が取ると予測出来るか?


 絶対に不可能だ。故に何かしらの種子がある。


「どんな手を使ったんだ? 教えてくれよ。ーーグリム・ウォルタ!」

「クフフッ。余の自慢のコロッセウムへようこそ。神龍の後継者であるグレイズ様を楽しませる為の余興を、色々と用意させております。ーークフッ!」


 俺の呼び声を受けて、グリムは一際高い場所からゆっくりと姿を現した。


 おぉ、水豚だ。水色の美しい長い髪に青眼。ツヤッツヤとした肌に貴族服と金色のマントを羽織っている。

 低身長に体重が百数十キロはあるであろう、水豚がいらっしゃる。


 いやいや、どこが温和そうで民の信頼が厚いんだよ。

 こんな不摂生な男、欲の限りを尽くしてるって容易に想像出来るだろが。


「いやぁ〜! お招き頂いて感謝するよ。正直言って探す手間が省けたしな」

「クフッ。こちらこそ貴方様を手に入れた今、巫女様にこの事を告げればどうなるか、考えただけで涎が溢れそうですよ〜!」


 ーービキッ!


「「「「「ーーーーッ⁉︎」」」」」


 俺の殺気を受けて数名が気絶する。グリムも一歩後退り、すかさず屈強な護衛が前を固めていた。


「お前さぁ、ちょっと調子乗りすぎじゃねぇかな? それ以上ママンの事を考えるな。次に今みたいな発言をしたら、即座に殺すぞ?」

「も、物事には順序があるのだよ。ーーそう! まずは褒美を取らそうじゃないか! ダズン・イラ、良くぞ神龍の後継者をここへ導いてくれたね」

「ーーはぁっ?」


 俺は何を言ってんだと眉根を寄せると、ダズンに視線を流した。

 すると、先程までとは違いブツブツと何かを呟きながら呆けて脱力している。


 奴隷紋は確実に解除されてる筈だ。それならこれは一体何だ⁉︎


「ほら、褒美だぞ受け取れ」


 ーードサッ。


「あ、うあああああ、うううああああああああああうあああああああああああっ!!」

「…………」


 俺はそれを無言で見ていた。放り投げられたのは肩口から切られた二本の腕。幼い子供の腕と、成人しているであろう女性の腕だ。


 時間が経っているのか、酷い臭いを放ちながら所々腐っている。


「あぁ、ああああ〜〜! やっと会えたねフルーレ! コルンはパパに会えなくて寂しくなかったかい? もうこれからはずっと一緒だよ! 今夜はご馳走にしようなぁ!」


 涙を流しながら腕に頬擦りしつつ、幸せそうな笑顔を浮かべているダズンの現象に見覚えがあった。


 あれは戦場で催眠術や洗脳で幻を見せられている兵士に良くあった姿だ。


「成る程な……確かに嘘はついてない。ダズン自身が気付いてないんだもんな。もう、自分が壊れてるってさ」

「クフッ、クフフフフッ! 面白い余興だったろ? 因みにこれで彼は首から下の部位を全て手に入れたよ。もうすぐ本当の意味で家族に会えるね! あぁ、余はなんて慈悲深いんだろう!」


 水豚は股間を膨らませながら涎を垂れ流しつつ、歓喜に酔っている。

 俺は何でだろう。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、力が抜けていた。


 ダズンは今も嬉しそうに腕と会話していて、それでも幸せそうだ。


「こんなに大きくなったかぁ。そうだ! グレイズ様はコルンと同じ歳なのに凄いんだぞぉ? 見習わなきゃなぁ」


 俺はコロッセウムの天井を見つめて、静かに吐息を漏らした。


 水氷竜ハーブニル・ウォルタ。お前はこんなクズ以下の息子の本質にも気付けない程に目が腐ってるのか?

 それとも何かしらの理由があるのか?


 目的が一つ増えた。ママンを泣かせない為に今日中に帰るには、少し急がないといけないな。


 魔力を温存するとかそういう理由じゃなくて、こちらを見ながらニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている馬鹿達を直接斬りたくなった。


「『雷魔刀サンダーブレード』二刀を気膜処理コーティング、ーー完了。『天の羽衣アマノハゴロモ』展開、ーー完了。『魔闘天装マトウテンソウ』発動!!」


 俺はスラッと覇幻を抜き、天の羽衣の先に雷魔刀を握った。

 そして、殺気を解放するとこの場にいる全ての者へ叫ぶ。


「お前達は、ーー絶対に許さん!!」

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